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| 証 し |
| Calling 〜コーリング〜 Y 姉 |
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2007年のクリスマス。2年前から思い描いていたヴィジョンが現実のものとなりました。「教会で、降誕劇を演ること」それが私の夢でした。 本当にささやかなお芝居でしたが、その制作過程は実にドラマティックなものでした。ハプニングの度に主の介入とご臨在があり「このことをご計画されたのは、確かに私ではなく主ご自身だった」とその都度、深く思いました。感謝をもって御名をあがめ、私が味わわせて頂いた喜びを皆様とお分かち出来ればと思います。 最初の難関はキャスティングでした。脚本は9月の初めには用意できていたものの、キャストを考えることが出来ない。(私自身が、教会員の皆さんと広範囲に交際して来ていなかったことも原因なのですが・・・) 先生たちから提案された方々に次々お電話してみましたが、なかなか良いお返事を頂けない状態が続きました。周りの方に相談しながら、手を尽くして求めていたところ、ある父兄の方からお子さんの起用の申し出を頂いたのをきっかけに、一気に子供中心の配役+若干の大人が決定し、ようやくスタートの体制が整いました。 次いで自分の身の程の知らなさを思い知らされました。去年の夏、私はWorship礼拝のコーラスの奉仕に参加していました。しかし他のメンバーと違い、咽喉を鍛えていなかった私は声帯結節(声の使いすぎで声帯にタコが出来る病気)に罹り、治療の為、しばらくしゃべれない状態になってしまいました。その反省から、「子供たちと活動する以上、体を痛めない発声練習を指導できるようになろう!」と思い、市内の演劇のワークショップに通い始めました。しかし私の考えは甘かったのです。結果、発声も、日本語の発音・アクセントも出来ておらず、役者としての動き方も分からないのが自分であり、こうした技術はすぐに身につけられるものではないということを思い知らされました。もう真っ青です。私自身が基本の「き」から学ばなければならないような状態なのに、旗を振って人を集めてしまいました。あわてた私に有効なアドバイスを下さったのは勝見先生です。それは、教会の活動の場合、必ずしも上手くやることを目指す必要は無い、というものでした。「重要なのは、働きの中に神様の介入を求めること。弱さは神様が介入される大切な『余地』になるものでもある」とニューホープ・チャーチを例にあげて話してくれました。そこからは、芝居作りに対する一般的な考えを全て捨てて始めました。「土の器の破片でしかないものを、神様が用いてくださることを信じ、子供たちが楽しんで奉仕できることを願いながら進めよう」と決めました。 ありがたいことに、小さな役者たちはこんな私であるにも関わらず、少しずつ信頼を寄せ、毎週の練習に続けて参加してくれました。振り返りのビデオ会では全員が「またやりたい!」「今度はもっと長いのをやりたい!」と目を輝かせて声を上げ、ひとつのことをやり通した喜びを表してくれました。祈りが聞かれたことを感謝します。子供たちの心に宿った喜びの火が、更に豊かなものとされるように、また次の機会を用意したいと思っています。衣装、大道具、音響、照明、振り付け、舞台設営など、影で支えて下さった方もありました。教会スタッフ、聖歌隊にもお世話になりました。お祈りのサポートもありました。紙上からですが、こうしたおひとりおひとりに心から感謝を申し上げます。本当にお世話になりました。誰が欠けても、この計画は実現することが出来ませんでした。本当にありがとうございました。 最初に呼びかけた時は、私ひとりでした。けれど、少しずつ、少しずつ、協力者が現れ、入れ替わり立ち代わり奉仕してくださる様子は不思議なほどで、頭なる主によって集められた者がひとつの体となって合い働いているのを目の当たりする思いでした。「今、私は神の業を目撃している・・・」そう思いながら本番までの毎日を喜びながら過ごさせて頂きました。感動を持って「これは召しだな」と思いました。1つの計画に(今回は劇でしたが)何らかの形で携わってくださる方たちは、みな、大人も、子供も、そのために神様からいつに間にか呼び出され、神様の働きをし、主にある共同体とされるんだな・・・と思いました。案外、神様にある働きというのは、両親や友達の手伝いのように、やっているという意識も無く、いつの間にかしていたりするのかもしれない、と思いました。はっきりした召しの確信を握って臨まれる方がおられる一方で、自分でも知らないうちに何かの働きに召しだされ「自分は何の働きもしていない」と思っておられる方も、実はたくさんおられるのではないでしょうか。マタイ25章が、心の中で生きた言葉となりました。 ただし、神様からの戒めもありました。12月23日突然の体調不良に見舞われました。嘔吐で歩くことも、車で移動することもままならず、病院で点滴していただいた後、丸一日絶食しました。結局、名前のつくような病気ではなく、過労だったのようです。初めてのチャレンジに、ずっと緊張していたことも影響したのかもしれません。 どんなに楽しくて、やりがいがあっても、私たちの体は弱いのです。自分の体の限界を超えるほど酷使するような働き方は、主の御心ではないと思います。今年はもう少し、長期的に計画を練って備えていこうと反省しています。そして、どんなに教会での働きがわくわくするものだとしても、家庭をそれ以上に大切にしなければ、と強く強く思いました。9月からクリスマスまで。ほとんど家事を放棄していた妻(決して誇張ではありません)に対して、寛大でいてくれた夫に心の底から感謝します。ですが毎年こんな状態を繰り返すなら、私が口にする「愛」なんて全くもって空々しいぞ、と思い直し、大反省した次第です。以下のみことばを握りつつ、自分の夫も、自分の体も大事にしながら働くこと! それが今年の目標です。皆様、どうぞご助力ください。 『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない。』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。(マタイ9: 13) |
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