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広島キリスト教会  〒734-0042 広島市南区北大河町39-1 TEL : 082-285-6006  FAX : 082-285-4043

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施 設

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会堂内のステンドグラスについて
 
 会堂側壁にあるステンドグラスは、1989年から1998年まで 10年の歳月を掛けて、多くの方の寄贈を受けて、モリステンドグラス工房により製作されました。描かれている場面は、

 
@天使の御告げ(受胎告知) Aイエスキリストの誕生(クリスマス) Bイエスの受洗(バプテスマ) C湖の上を歩くイエス Dエルサレム入城 Eイエスの死(十字架) Fイエスの復活(イースター) Gイエスの昇天

の8場面で、いずれもイエス様の生涯を物語る福音書に記述された出来事をモチーフに描かれています。また、これまで多くの画家たちによっても描かれてきた有名な場面ばかりです。このイエス様の誕生、十字架の死、そして復活については、古く紀元前 1000年もの昔から、旧約聖書の中で数多くの預言者によって預言されていました。

 イエスキリストの生涯は、天地創造から今日に至るまででもっとも偉大な神様の愛の証なのです。罪や苦しみに閉じ込められている私たちを愛し、私たちの罪を取り除き、神様の前に聖い姿で開放してくださるために、イエス様はこの世に来て下さったのです。神様が私たちを愛しておられることを心に留めて、順にステンドグラスを見ていっていただきたいと思います。

 会堂正面に向かって左手前方から@、A、B、Cの順に並び、右手前方からG、F、E、Dの順で並んでいます。CとDは二階席の横に位置しているので、詳しくご覧になりたい方は、入り口右手の階段をお上がり下さい。また、会堂入り口の上部(二階部分)に「天地創造」をモチーフとしたステンドグラスがあります。

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ステンドグラス配置図
(下記に@〜Gの説明があります)



「ステンドグラスの主題について」

 イエス様の生涯をステンドグラスに描かれている場面を中心に、ご紹介させていただきます。詳しくは、旧・新約聖書をご覧くださるか、牧師にお尋ね下さい。主なる神様の祝福があなたと共にありますよう、お祈り申し上げます。(1999年3月 広島キリスト教会 伝道部)

@ 天使の御告げ (受胎告知)

倉敷にある大原美術館は、エル・グレコによる受胎告知の絵が有名ですね。天使長ガブリエルによって、マリアに受胎が告知されます。この場面はルカ福音書にこのように記されています。
『御使がマリヤのところにきて言った、「恵まれた女よ、おめでとう、主があなたと共におられます」。この言葉にマリヤはひどく胸騒ぎがして、このあいさつはなんの事であろうかと、思いめぐらしていた。』(ルカ1:28〜1:29)
グレコが描いたマリアに何となく不安がうかがえるのはこのことでしょうか?
『すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」』(ルカ1:30〜1:33)
神の民を永遠に支配される主、神の御子の誕生が告げられます。
『そこでマリヤは御使に言った、「どうして、そんな事があり得ましょうか。わたしにはまだ夫がありませんのに」。御使が答えて言った、「聖霊があなたに臨み、いと高き者の力があなたをおおうでしょう。それゆえに、生れ出る子は聖なるものであり、神の子と、となえられるでしょう。』(ルカ1:34〜1:35)
マリアは神様による御使いの言葉を信じました。神様に従う従順さも描かれていたように思います。また、この恵みは1000年も前に預言者イザヤによってこう予言されています。
「見よ、おとめがみごもって男の子を産むであろう。その名はインマヌエル(神われらと共にいます)と呼ばれるであろう。」(イザヤ7:14)
そうですこのイエス様の御霊は私たちの内にいつも共にいて下さるのです。
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A イエスキリストの誕生 (クリスマス)

毎年12月になるとなぜか心がうきうきして来ますね。そうです、クリスマスが近づいてくるからですね。ところでクリスマスとはなんの日ですか?『サンタクロースの日』? もっと大きな恵みの日、神様からのプレゼントを私たちが頂いた日です。神様が最も大切にされていたイエス様を私たちに下さった記念の日です。イエス様は、ベツレヘムという町の小さな馬小屋の中でお生まれになりました。預言者ミカは言っています。
『ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中からひとりの君が出て、わが民イスラエルの牧者となるであろう』(ミカ5:2)
この世の王様の子とはまるでかけ離れた誕生の様子でした。世の人の誰にも知られることなく、誰にお祝いされることなく、ひっそりとお生まれになったのです。お祝いに駆けつけたのは、星空の下で羊の群を飼っていた羊飼いたちと、馬小屋の家畜たちでした。この場面が、このステンドグラスに描かれております。この神様の御業を、聖書の預言と星の動きから知った東方の博士たちは、王の誕生をお祝いするためベツレヘムにやってきました。マタイ福音書にはこう記されています。
「彼らはその星を見て、非常な喜びにあふれた。そして、家にはいって、母マリヤのそばにいる幼な子に会い、ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金・乳香・没薬などの贈り物をささげた。」(マタイ2:10〜11)
博士たちは喜びに満ちて神の御子に礼拝を捧げたのでした。イエス様は、神の国を待ち望んでいる人々、正義を望んでいる人々、平和を望んでいる人々、虐げられている人々、罪に苦しんでいる人々の光、希望の光としてこの世に生まれてきて下さったのです。イザヤが預言しています。
「暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。」(イザヤ9:2)
ヨハネの福音書では
「光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。」(ヨハネ1:5)
とイエス様のことを言い表しています。また、預言者ヨハネもこのように言っています。
「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。」(ヨハネ1:29)
私たちの罪を取り除く神の子羊として、イエス様は私たちのところへ来られたのです。
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B イエスの受洗 (バプテスマ)

水による洗礼(バプテスマ)です。人々は、日ごろの生活に追われ、神様を忘れて生きていました。多くの罪を犯しながら、神様から離れて一人歩きをし、魂の安らぐ場所を求めて行く当てもなくさまよっていたのでしょう。そんな折、ヨハネがヨルダン川で悔い改めのバプテスマを授けていました。
「悔い改めよ、神の国は近づいた。」(マタイ3:2)
人々は、悔い改めて神様に立ち返ろうと、ヨハネからバプテスマを受けていました。それは、イエス様に先立って人々の心を神の国に向けるためでした。イザヤも予言しています。
「荒野で呼ばわる者の声がする、『主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ』」(イザヤ40:3, マラキ3:1)
神様の子で、罪のひとかけらも犯しておられないイエス様は、このヨハネのところに来て、水のバプテスマを受けられました。マタイ福音書には次のように記されています
『そのときイエスは、ガリラヤを出てヨルダン川に現れ、ヨハネのところにきて、バプテスマを受けようとされた。ところがヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った、「わたしこそあなたからバプテスマを受けるはずですのに、あなたがわたしのところにおいでになるのですか」。しかし、イエスは答えて言われた、「今は受けさせてもらいたい。このように、すべての正しいことを成就するのは、われわれにふさわしいことである」。』(マタイ3:13〜15)
イエス様は罪ある人と同じようにされました。救いが罪ある人に及ぶためです。
そして、『イエスはバプテスマを受けるとすぐ、水から上がられた。すると、見よ、天が開け、神の御霊がはとのように自分の上に下ってくるのを、ごらんになった。また天から声があって言った、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」』(マタイ3:16〜17)
聖霊がイエス様に下って来られました。聖霊は三位一体の神のひとりで、父なる神、子なる神(キリスト)、そして聖霊なる神の第3位の神様です。このステンドグラスには、イエス様がヨルダン川で水のバプテスマを受けられ、聖霊がイエス様に下った様子が描かれています。
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C 湖の上を歩くイエス

イエス様はその生涯の間、特に宣教に立ち上がられた約3年の間に数多くの神の御業を行い、人々を神様に立ち返らせました。この数々の奇跡には人の病を癒すなど、苦しみの中に閉じ込められている人々に、光をあて、暗闇から解放して下さいました。
「人の子(キリスト)がきたのは、失われたもの(神の民)を尋ね出して救うためである」(ルカ19:10)
イエス様は苦しみの中にある人一人ひとりの心の叫びを聞き、癒してくださったのです。病の床に長い間ついている人、足を患って歩けない人、目の見えない人、悪霊にとりつかれた人、多くの人々の苦しみを取り除きながらユダヤのまちまちを巡り歩いておられました。そして、神の国のすばらしさ、行いではなく信仰による救い、神の恵みを人々に宣べ伝えました。当然、この神様の言葉を人々が受け入れるために多くの神の御業を成し遂げられたのでした。イエス様は、こうした宣教の助手として、多くの弟子をも育てておられました。ある時、イエス様は湖上を歩いて、船を漕ぎあぐんでいた弟子たちのところへ、来られました。マタイ福音書にはこのように記されています。
『イエスは群衆を解散させておられる間に、しいて弟子たちを舟に乗り込ませ、向こう岸へ先におやりになった。……ところが舟は、もうすでに陸から数丁も離れており、逆風が吹いていたために、波に悩まされていた。イエスは夜明けの四時ごろ、海の上を歩いて彼らの方へ行かれた。…… するとペテロが答えて言った、「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください」。イエスは、「おいでなさい」と言われたので、ペテロは舟からおり、水の上を歩いてイエスのところへ行った。しかし、風を見て恐ろしくなり、そしておぼれかけたので、彼は叫んで、「主よ、お助けください」と言った。イエスはすぐに手を伸ばし、彼をつかまえて言われた、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」。…… 舟の中にいた者たちはイエスを拝して、「ほんとうに、あなたは神の子です」と言った。』(マタイ14:22〜14:33抜粋)
こうした情景が、ステンドグラスに描かれています。ペテロは、イエス様の言葉より、目の前の波に心を奪われ、溺れそうになってしまいました。しかし、後になって教会形成の大きな働きをしていく中心人物にまで成長してゆきます。まだまだ信仰的に弱い弟子たちですが、イエス様とともに歩むことにより、次第にしっかりとした信仰に導かれていったのです。
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D エルサレム入城

人々の騒ぐ声が聞こえます。勝利の王様の凱旋です。
「ダビデの子に、ホサナ。主の御名によってきたる者に、祝福あれ。いと高き所に、ホサナ」(マタイ21:9)
イエス様がロバの子に乗ってエルサレムの町にやってこられました。普通なら、王様は、大軍を率い、立派な馬に乗って凱旋します。しかし、イエス様はそんなこの世の王様とは違っていました。大軍の代わりに大勢の弟子たちを率い、とても立派とは言えない子ロバに乗っておられたのでした。しかも借り物の……。ゼカリヤは預言しています。
「シオン(エルサレム)の娘よ、恐れるな。見よ、あなたの王がろばの子に乗っておいでになる」(ゼカリヤ9:9)
しかし、人々は、立派な王様の入城に勝るとも劣らない喜びをもってイエス様を迎えたのでした。イエス様の入城は、戦いの終わりではなく、最後の決戦の始まりでした。十字架に向かっての行進だったのです。マタイ福音書には次のように記されています。
「見よ、わたしたちはエルサレムへ上って行くが、人の子(イエス様ご自身)は祭司長、律法学者たちの手に渡されるであろう。彼らは彼に死刑を宣告し、そして彼をあざけり、むち打ち、十字架につけさせるために、異邦人(ローマの兵隊)に引きわたすであろう。そして彼は三日目によみがえるであろう」(マタイ20:17〜19)
弟子たちにご自分がたどるべき道を話して聞かされました。イエス様にとっては言いようのないつらさがあったに違いありません。ルカ福音書にはこう書かれています。
『いよいよ都の近くにきて、それが見えたとき、そのために泣いて言われた、「もしおまえも、この日に、平和をもたらす道を知ってさえいたら………しかし、それは今おまえの目に隠されている。…」』(ルカ19:41〜42)
しかし、人々の喜びはイエス様の苦しみを知る由も無く、また、弟子さえもイエス様の本当の目的を知ることができないまま、エルサレムへと入城して行かれました。ヨハネはこのときのことを次のように書いています。
『祭にきていた大ぜいの群衆は、イエスがエルサレムにこられると聞いて、しゅろの枝を手にとり、迎えに出て行った。そして叫んだ、「ホサナ、主の御名によってきたる者に祝福あれ、イスラエルの王に」』(ヨハネ12:12〜13)
この人々が手にしたしゅろの枝にちなんで、イースターの1週前の日曜を“しゅろの日曜(パームサンデー)”と呼んでいます。この場面がステンドグラスに描かれています。
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E イエスの死 (十字架)

イエス様は、エルサレムでも人々に神の国を宣べ伝えておられました。パリサイ人や律法学者など宗教家の主だった人々は、正しく神の国を伝えておられるイエス様が邪魔で、殺そうと企んでいました。レオナルド・ダ・ヴィンチの絵として有名な“最後の晩餐”は、イエス様が十字架にかかられる前日の夕食の光景を描いたものです。この後、イエス様はゲッセマネの園に行かれ、父なる神様に最後の祈りをささげられました。それは、神様が定められた、“十字架の死”を受け入れるための準備のときでした。マタイは、十字架を目前にしたイエス様についてこう書き綴っています。
『「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、わたしと一緒に目をさましていなさい」。そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」』(マタイ26:37〜39)
ルカは次のようにイエス様の苦しみを表現しています。
『イエスは苦しみもだえて、ますます切に祈られた。そして、その汗が血のしたたりのように地に落ちた。』(ルカ22:44)
逃げ出そうと思えばいつでも逃げ出せる。しかし、自分が逃げ出せば、父なる神様の恵み、人々の救いは成就できない。イエス様は、父なる神様の御心に従うことを完全に決意されました。この時間は6時間だったとも言われています。この祈りによってイエス様は、十字架への道のすべてを解決されたのでした。
 イスカリオテのユダがやってきました。イエス様は捕らえられ、鞭打たれ、辱められ、そして、総督ピラトが“何の罪も見出せない”と言ったにもかかわらず、ユダヤの人々によって十字架につけられてしまいました。イザヤは 1000年も前にこのことを預言しています。預言した本人さえ意味がわからずにこう言っています。
『まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。……しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。
主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。
彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。……
彼は暴虐なさばきによって取り去られた。……
しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、主は彼を悩まされた。彼が自分を、とがの供え物となすとき、その子孫を見ることができ、その命をながくすることができる。かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。』(イザヤ53:2〜10抜粋)
私たちの罪の贖いの供え物として、神の御前で十字架にかかってくださったのです。この十字架の場面がステンドグラスに描かれています。イエス様は、父なる神様から呪われ、捨てられ、完全に死に渡されたのでした。私たちの罪のために……。この十字架で流された血潮が、私たちに与えられる救いに対する契約のしるしとなったのです。
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F イエスの復活 (イースター)

イエス様が十字架の上で死なれました。しかも、脇腹を槍で刺し通され、ローマの兵隊によって確認されされました。イエス様は、死んで黄泉に下っていかれました。金曜の午後3時頃です。マタイ福音書にはこう書かれています。
『そして三時ごろに、イエスは大声で叫んで、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。それは「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。』(マタイ27:46)
イエス様の死体は、夕方になってアリマタヤのヨセフに引き取られ、丁寧に墓に葬られました。
 三日目の朝、墓に異変が起きました。マタイ福音書ではこう記されています。
『週の初めの日の明け方に、マグダラのマリヤとほかのマリヤとが、墓を見にきた。すると、大きな地震が起った。それは主の使が天から下って、そこにきて石をわきへころがし、その上にすわったからである。その姿はいなずまのように輝き、その衣は雪のように真白であった。見張りをしていた人たちは、恐ろしさの余り震えあがって、死人のようになった。この御使は女たちにむかって言った、「恐れることはない。あなたがたが十字架におかかりになったイエスを捜していることは、わたしにわかっているが、もうここにはおられない。かねて言われたとおりに、よみがえられたのである。』(マタイ28:1〜6)
見張りをしていたローマの兵士たちはさぞ驚いたことでしょう。この場面がステンドグラスに描かれています。
 イエス様ご自身も、十字架の死とその後よみがえることを3度も弟子たちに話して聞かせておられました。ヨハネ福音書の最初にこう書かれています。
『初めに言(キリスト)があった。言は神と共にあった。言は神であった。…… この言に命があった。そしてこの命は人の光であった。光はやみの中に輝いている。そして、やみはこれに勝たなかった。』(ヨハネ1:1〜1:5抜粋)
イエス様は闇に打ち勝って、復活されたのです。人の思いでは信じることはできないかもしれません。詩人ダビデもこう歌っています。
『あなたはわたしを陰府に捨ておかれず、あなたの聖者に墓を見させられないからである。』(詩篇16:10)
イエス様は復活された証に、多くの弟子たちの前に現れ、共に歩み、共に食事をされました。そして、落胆していた弟子たちを勇気づけて下さいました。ルカはこのように語っています。
『イエスは、……。一緒に食卓につかれたとき、パンを取り、祝福してさき、彼らに渡しておられるうちに、彼らの目が開けて、それがイエスであることがわかった。…… 彼らは互に言った、「道々お話しになったとき、また聖書を説き明してくださったとき、お互の心が内に燃えたではないか」』(ルカ24:29〜32)
そして弟子たちに語られました。
「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。信じてバプテスマを受ける者は救われる。」(マルコ16:15〜16)
イエス様は復活されたのでした。
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G イエスの昇天

イエス様は弟子たちに、この世ではなく、天の御国の住まいを約束されました。ヨハネ福音書にはこう書かれています。
「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。」(ヨハネ14:1〜14:2)
イエス様はこの御言葉どおり、復活され、天の御国に帰って行かれました。ダビデは預言して歌っています。
「贈り物をうけて、高い山(天の御国)に登られた。主なる神がそこに住まわれるためである。」(詩篇68:18)
天に昇られた様子は使徒行伝に次のように書かれています。
「イエスは彼らの見ている前で天に上げられ、雲に迎えられて、その姿が見えなくなった。」(使徒行伝1:9)
ステンドグラスにはこの場面が描かれています。イエス様は、弟子たちに、
「あなた方を捨てて孤児とはしない」(ヨハネ14:18)
とも約束され、弟子たちに聖霊を受けるよう言い残されました。聖霊は三位一体の神様の、第三位の神様です。これまではイエス様がともにいてくださったのですが、これからは、肉体の形をとってはおられませんが、聖霊なる神様が弟子たちとともにいて守ってくださるのです。イエス様は言われました。
「エルサレムから離れないで、かねてわたしから聞いていた父の約束を待っているがよい。すなわち、ヨハネは水でバプテスマを授けたが、あなたがたは間もなく聖霊によって、バプテスマを授けられるであろう」。(使徒行伝1:4〜5)
そして、「聖霊があなたがたにくだる時、あなたがたは力を受けて、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、さらに地のはてまで、わたしの証人となるであろう」(使徒行伝1:8)
このように語られた後、弟子たちの見上げる中、イエス様は天の御国に戻って行かれたのでした。
マルコはこう書いています
「主イエスは彼らに語り終ってから、天にあげられ、神の右にすわられた。」(マルコ16:19)
そうです、イエス様は天の御座に座しておられ、今も私たちを見守り、聖霊の恵みを与えていて下さるのです。そして、再び私たちを迎えにくると約束して下さいました。ヨハネはこう記述しています。
「行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。」(ヨハネ14:3)
神様と共に住むことができるのです。この希望をもって、キリスト者はキリストの再びこられる日を待ち望んでいるのです。

予言者イザヤは、このイエス様の一生を、次のように預言しています。

『だれがわれわれの聞いたことを信じ得たか。主の腕は、だれにあらわれたか。
彼は主の前に若木のように、かわいた土から出る根のように育った。彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。
彼は侮られて人に捨てられ、悲しみの人で、病を知っていた。また顔をおおって忌みきらわれる者のように、彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。
まことに彼はわれわれの病を負い、われわれの悲しみをになった。しかるに、われわれは思った、彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。
しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。
われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った。主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。
彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。ほふり場にひかれて行く小羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように、口を開かなかった。
彼は暴虐なさばきによって取り去られた。その代の人のうち、だれが思ったであろうか、彼はわが民のとがのために打たれて、生けるものの地から断たれたのだと。
彼は暴虐を行わず、その口には偽りがなかったけれども、その墓は悪しき者と共に設けられ、その塚は悪をなす者と共にあった。
しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、主は彼を悩まされた。彼が自分を、とがの供え物となすとき、その子孫を見ることができ、その命をながくすることができる。かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。』(イザヤ53:1〜10)

天使 天使


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