トップページへリンク 教会紹介 メディアミッション 刊行物 フェローシップ その他
集会案内 聖日礼拝 音楽CD 聖書日課 お知らせ ヘルプ
スタッフ 入門講座 メッセージCD 教会員のアルバム 更新履歴 リンク
施設 特別集会 メッセージテープ 証し アクセス ポリシー
HOME 教会音楽 まだ言い足りない 書籍 推薦図書 サイトマップ 素材集
Opening 年間予定 バックナンバー How to Get コラム 問い合わせ メニュー
広島キリスト教会  〒734-0042 広島市南区北大河町39-1 TEL : 082-285-6006  FAX : 082-285-4043

HOME→メディアミッション(入門講座目次)→入門講座11■
■入門講座J ■ 「聖書について」 植竹利侑牧師

●説教音声はここをクリック →  [Time 62:51]



 本日は「聖書について」と題して学んでいきたいと思います。

 私たちプロテスタント教会が一番大事にしている、その依って立つところの基準と言いましょうか、教会が依って立つところの基本というべきところのもの、それが聖書でございます。いつかローマンカトリック教会についてお話しましたが、ローマンカトリック教会においてはローマ法王というお方、教皇とも言いますが、ローマ法王は絶対に間違わない、ローマ法王無謬説というものがあります。法王個人が道徳的に間違ったり、あるいは宗教的に間違ったりすることがあったとしても、ローマ法王という法王の座の上に座って、その座の上から語った事は絶対に間違わないというものです。ローマ法王という座というものは、そこに座ったら、そこには必ず聖霊、神の霊が働いて、間違いのない事を言うのだとされています。本当にローマンカトリック教会の人々は法王様という人に素晴らしい力があって、聖霊が助けて下さるから、ローマ法王の言うことは絶対に間違いがないと信じています。そのためにカトリック教会においては、聖書をあまり重んじませんでした。聖書よりもローマ法王の教え、あるいはその儀式、これを非常に重んじたんですね。

 皆様はご存じだと思いますが、有名なフランシスコ・ザビエルという人が日本にやって来ました。このザビエルという人は、日本でカトリック教会が持っている素晴らしい荘厳な儀式をして見せた訳です。ローマンカトリック教会の持っている素晴らしい儀式ですね、形式、金ピカピカに飾った素晴らしい会堂とガウン(法衣)というようなものを纏ってですね、非常に美しい儀式を守って見せたので、日本の織田信長にしても豊臣秀吉にしても、そのローマンカトリック教会の荘重な儀式と教えに対しては非常な関心を持った訳です。信長などは、ある時期はザビエルやその他のカトリック教会を非常に喜んで受け入れた時期がありました。殊にその当時、仏教の力が非常に強かったので、比叡山などの僧兵といったものが非常に強かったので、仏教の力を相殺するために、カトリックの勢力を使おうとしたとさえ言われています。ですから戦国時代の頃には、一説によると日本に約三〇万人とも六〇万人とも考えられるクリスチャンがいたと言われています。キリシタンとも呼びました。当時はまだ日本全体の人口が一千万人いたかいないか、恐らくそんなにいなかったのではないでしょうか。何百万人しか人口がない時に、六〇万人などというカトリック信徒ができたということは大変なことだったんですね。今日におけるキリスト教よりも何倍も強い勢力をもっていた。そういう時期があったのです。しかし残念ながら、ローマンカトリック教会は聖書をあまり尊重しなかったために、聖書よりも儀式を重んじた。今でもそういうきらいがありますが、ミサという儀式を重んじた。その後一転して迫害時代が始まって、バテレンと呼ばれた宣教師・司祭が追放されると、信徒は皆隠れキリシタンとなってしまいました。そしてマリア様を拝んだり、色々な礼拝の形式は密かに守っていったんですが、何時とはなしにマリアさんが観音様になったり色んな変化があったりして、徳川三〇〇年の長い歴史の間、迫害時代が続いて明治になってから、キリスト教の解禁があってカトリックの人々が長崎の辺りに行った時にですね、隠れてキリストを拝んでいる人がいるというので調べてみると、カトリック教会とは全く違うものとなっていた。三〇〇年間地下に潜っている間に、隠れキリシタンというのは全然違う宗教になってしまった。もうキリスト教とは言えないような宗教になっていたのです。どうしてそうなったかと言うと、聖書というものが無かったからです。聖書をもっていなければ、信仰は何時とはなしに形式・儀式というものが重要視され、段々段々とその形が歪められてしまう。

 以前、教会論でお話したと思いますが、プロテスタントの教会は、新教の教会は、儀式よりも何よりも一番聖書を大事にしたんです。聖書は生ける神の言葉なのだということです。だから聖書を信じる、聖書に従う、聖書を信仰の基準とする、ということを守り通して来た訳です。ローマンカトリック教会からプロテストして(抗議して)、所謂ルーテル教会が生まれました。そして、マルティン・ルターの宗教改革の時に、ルターが一番最初にやった事は聖書の翻訳でした。ドイツ語に聖書を翻訳しました。それまで聖書というのはラテン語のものしか無かったのです。そして、讃美歌もマルティン・ルターが一番最初に会衆のものにしたんです。それまでは讃美歌は一般の会衆が歌うことさえ出来なかったのですね。少年や男のお坊さんに依る合唱しか讃美歌というものはなかった。プロテスタントの宗教改革の時に初めて会衆が歌う合唱、即ちコラール、今ではコーラスと言いますね、このコラールというものができたんです。ルターは聖書と讃美歌を、お坊さんの手から一般民衆のものにした。ローマンカトリックの人々は無学文盲の民衆達が聖書を読むと、間違った解釈をしてはいけないから、聖書は読まなくてもよろしいと言って、民衆から聖書を取り上げてしまった。大変おかしな話ですが、そうでした。ローマンカトリック教会においては、長い間、聖書を重んじない、読ませないというようなことさえ続いたのでございます。プロテスタントの教会では特定の人物が、例えその人がどんなに偉い人であっても、法王様といえども、その特定の人物に信仰の基礎を置くということはいけない、聖書に基礎を置くべきであるとしました。こうして、先日来新聞に何度か出ていましたグーテンベルクの聖書ですが、印刷機械ができた時に何を一番最初に印刷したかと言うと聖書でした。それがグーテンベルクの聖書です。そしてルターによりドイツ語に翻訳された聖書がどんどんと印刷され、全ドイツに頒布された訳です。そして人々が聖書を読んでみると、今まで教えられて来たローマンカトリック教会の信仰とは余りにも違うことに驚いた。救われるのは信仰に依るのである、イエス・キリストの十字架に依るのである、ということが分かってきてですね、宗教改革ののろしがあっちでもこっちでも起きるきっかけとなりました。

このページのトップへ


 そしてそれを中心として、聖書はどんどんとあらゆる国語に翻訳されて、今日では一六〇〇から一八〇〇位の国語に訳されていると言われています。どうしてそんなに国語があるのかと驚かれるかも知れませんが、実はアフリカとかブラジルとか山奥の方の民族・部族に行きますと、僅か二〇〇名位しか使っていない国語があるんだそうです。そして二〇〇名以上その言葉を話す人がいれば、その民族に聖書を翻訳して渡そうとして運動がなされているんです。凄いことです。今でもウィックリフ聖書翻訳協会というものがアメリカを中心としてあるのですが、その協会では何千人という聖書翻訳宣教師が活動をしています。二人一組で未開民族の中に入り込んで行くんです。この人達の訓練はもの凄く厳しく、ナイフと携帯無線機と後は僅かな装備で、アマゾンの人跡未踏のジャングルの中に放り出すんだそうです。そしていよいよの状況になったら、SOSを発信してヘリコプターが迎えに来るといった訓練を宣教師に施すのです。こうした訓練を経た宣教師が二人一組で未開の民族の中に入っていく訳です。そこで一年も二年も三年もかけてその人達の言葉を勉強して、その言語で聖書を翻訳して渡す、こういう活動を行っているのです。本当に今でもそういうことがなされています。私達の知っている日本人で、東大の言語学を卒業した優秀な青年がウィックリフ聖書翻訳協会で献身している人がいます。そういう具合に、聖書の中の福音は全ての国語、民族に伝えられなければならず、その後に終末が来るという約束が聖書の中にありますので、その人達は先程の二〇〇名以上という基準で、あらゆる少数部族の中に入って行くのです。日本で一番最初に聖書が翻訳されたのは、大変有名なジョン万次郎という漁夫が難船してフィリピンに漂着し、宣教師に会い日本語に翻訳しています。ヨハネ福音書の第一章に「はじめに言(ことば)があった。言は神とともにあった。言は神であった。」という部分がありますが、その「言」というのを翻訳する際、万次郎により「初めにかしこいものがござった。このかしこいものは神でござった。」などと日本語に翻訳された、一番最初の翻訳本が今でもちゃんと残っているのです。エスキモーの所に伝道に行った宣教師達は、エスキモー人は羊というものを見たことがないということで、彼らにどう説明したらいいか分からない。そこで、「見よ、これぞ世の罪をのぞく神の子羊」という箇所を、仕方がないから「見よ、これぞ世の罪をのぞく神のトナカイ」と訳したという有名な笑い話が残っています(笑)。南方の方の人々に対しては、「あなた方の罪は雪よりも白くなる」と言っても、雪を見たことがない人達には分かりづらく、どう説明したら良いか宣教師が困ったという話も残っています。本当にそのように命掛けで福音の宣教をしていった訳です。日本でもそうですが、日本に来た宣教師の一群の中にヘボンとかバラという人達がいましたが、一番最初にしたことは聖書の邦訳でした。だから、聖書に対する宣教師達の情熱というものは非常に素晴らしいものがあります。

 どんなに素晴らしいベストセラーでも、二五年経ってもどんどん版を重ねて印刷される本というのは、全発行書物の一パーセントに満たないそうです。次々本は出版されますが、殆どはせいぜい二版、三版で絶版になってしまう。ところがドストエフスキーとかトルストイとかいったものは、ゲーテとか有名な詩人や哲学者の不朽の作品は何年、何十年経っても繰り返し繰り返し発行されますね。しかし、二五年経ってもなお発行される書物は全部の出版物の中の一パーセントに満たない。まして百年経ってもまだ版を重ねる書物は、そのまた何分の一、何十分の一と極めて少ないのです。しかし、聖書は千年経っても、二千年経っても、なお毎年、毎年版を重ねています。去年一年間、日本での聖書の発行部数は一一〇万冊だそうです。日本だけでです。そしてそれが全部捌けてしまうという状況です。聖書という本は不思議な本ですね。聖書は日本においてもベストセラー中のベストセラーなのです。よくベストセラーが出ますが、大抵は五〇万冊とか最高でも七〇万冊位です。日本聖書協会の資料を調べてみるとそんなに印刷されているのですね。そして東京の日本聖書刊行会の人達が二年ほど前に調査してみると、あなたは聖書を読んだことがありますか、あるいは聖書の言葉を一句でも知っていますかというアンケートに対して、首都圏で八八パーセントの人が聖書を持っており、あるいは聖書を読んだことがあると回答したそうです。聖書というものは非常に大きな、世界的に言っても絶大なるベストセラーなのです。もしあなたが絶海の孤島に流されるとして、一冊の本を携行するとすれば聖書を持参するという人が非常に大勢います。それ程、聖書という本は不朽・不滅の生命を持っているのです。

このページのトップへ


 そして今まで教会史の中で一番最初には、紀元三〇三年、イエス・キリストが生まれて三〇三年後に一番最初の聖書焼き払い令というものが出たんです。ローマ皇帝のディオクレティアヌスが聖書は全部焼き払え、聖書を持っている者は死刑にすると言って聖書焼き払い令を出したのです。もの凄い迫害により、キリスト教徒はこの地上から一人もいなくなったと宣言し、予はキリスト教を絶滅することに成功したというメダルを三〇三年に作ったということが歴史に残っています。ところが三一二年にはコンスタンティヌスというローマ皇帝が、キリスト教を解禁して国の宗教(国教)にしたんです。僅か九年後の出来事です。それ程、当時のローマ帝国内においてクリスチャン達を迫害していたのでは、国そのものが成り立たなくなってしまったと言われています。それ程もの凄い勢いで聖書及びキリスト教が広まっていったのです。当時は印刷技術がありませんから、全部手書きで写本です。羊の皮に書くのですからもの凄く高価でかさばるものでした。従って、旧・新約聖書を全部持っている人はめったにいなくて、それを全部集めると幾部屋も必要な大部なものでした。今日の聖書のように、小型の聖書を持てるということは大変素晴らしいことですね。とにかくそういう風にして、聖書は何度も何度も一冊残らず焼き払うといった迫害の時代を経てきましたけれども、遂に聖書を無くしてしまうことはできませんでした。今日、共産主義の国でも非常に多くの聖書が闇から闇へ運搬されて、聖書の密輸商人達や伝道師達によって、共産主義の国にももの凄い勢いで浸透していると言われています。ですから本当に聖書を滅ぼすということは実現出来ていない。今日一八〇〇ヶ国語位に翻訳され、世界中の多くの人達に何千年という長い間、何十億という人々に読み継がれ、語り継がれてきた聖書の力というものを私達は信じない訳にはいかないのでございます。

 次は聖書の成り立ちについてです。聖書が最初に書かれたのは紀元前一四〇〇年、モーセによってでした。モーセは旧約聖書の一番最初の創世記から出エジプト記、レビ記、民数記、申命記までを書き、これは「モーセの五書」と呼ばれています。これらはモーセが書いたと言われています。天地創造の物語とか創世記の第一章、二章など人類堕落の物語などは、伝承と言ってですね、多くの人達が日本の語り部のようにして語り継がれてきたと言われています。だけれども、その一番最初はモーセが書いた。モーセは四〇年間、荒野にイスラエルの民と一緒に旅行しましたが、しばしば彼は神様とお目にかかるために山へ登って行ったと記されています。その四〇年の荒野の旅行の間にモーセは神様から啓示を受けて、あの天地創造の物語を書き記したものと思われます。この紀元前一四〇〇年前から、今度はキリスト紀元(AD)の大体一〇〇年位までです、一番最後はヨハネの書いたヨハネ黙示録までの間、約四〇人以上、正確には一人二人の違いがあるかも知れませんが、大体四〇人以上の著者がいるんです。聖書を書いた人物がいる訳です。キリスト紀元前一四〇〇年からキリスト紀元後一〇〇年までの約一五〇〇年の長い間、四〇人以上の人達が次々と書いてきたのが聖書です。

 それだけ多くの年代と著者が変わっているにもかかわらず、聖書に書かれている事は全部一貫しているんですね。同じ精神、同じ主義、同じ主張です。神は聖なる、目には見えない、天地万有の造り主である唯一のお方であるということです。また、聖書の中に出てくる神様が、どんなにきよいお方であるかということです。そればかりではなく、神が人類を如何に愛しておられるかということ。あるいは聖書は何を罪として、何をきよいとするかという聖書の道徳性、倫理性、そういうものが全部一貫して通っているんですね。あっちではこう言っているが、こっちではこう言うといったことがないのです。本当に聖書を読んでみますと、その人間の尊厳、人間の罪、人間の道徳、あるいは人間の生き方、人生の在り方、そういうあらゆる問題からして、初めから終わりまで筋が通っている。バラバラの寄せ集めのものを集めて一冊の本にしたというのではなくて、明らかに一つ主義、一つの主張、一つの神学、一つの信念、一つの目的、一つのテーマ、それで貫かれているのです。そこには人類の運命、人類の歴史、終末の問題についても少しも狂いが無いですね。矛盾したことは一つも書いてなくて、それどころか、各記述は互いに補い合い、助け合っています。これは実に不思議なことです。何の関係もなしに、連絡もなしに、相談や会議をして書いたのではないのに、書かれていることは全部同じだということはどういうことでしょうか。本当の著者は人間ではなくて、この聖書を本当に書かせたお方は神である、ということを示しているとしか考えられない。聖書の本当の著者は神様なのです。テモテ第二の手紙の第三章十六節、三三六頁をお開き下さい。

† 聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものであって、人を教え、戒め、正しくし、義に導くのに有益である。

 「聖書は、すべて神の霊感を受けて書かれたものである。」とあります。霊感、インスピレーションと言いますね。全て神の霊感によって書かれたものである。ですから、本当の著者は人間ではなくて神の霊が、その著者である人々を感動させ、著者は聖霊のその深い感動を受けて書いたものであると私達は信じています。聖書に書いてあるような神様のことを、誰が創作することができるでしょうか。まして、イエス・キリストの生涯を考えてみると、イエスのように純粋に人を愛し、イエスのように誠実に生き抜き、イエスのように人の罪をゆるし、イエスのように人の罪のために十字架につけられて死んでいく人、しかも、死んだだけではなくて、死に打ち勝ち甦って今も生きて、私達の罪のために取りなしをして下さるお方があるというようなこと。こういうようなことを人間がもし考え出して書いたとしたならば、私はその書いた人は本当は神様ではないかと思います。そんな素晴らしい聖書の物語、イエス様の十字架の物語を人が考えつくということは、私は考えられないですね。十字架につけられていながら、父よ、彼らをゆるして下さいと言って、自分を十字架につける人のためにゆるしを言い、あの十字架の上で隣りにつけられている泥棒のために救いの言葉を語るというような、そんなお方がですね、人間の想像ではできる筈がないのです。本当にイエスの生涯を考えてみても、あるいはその復活の物語を聞いてみても、私達はそれが単なる人間の創作によるものでないということがよく分かります。

このページのトップへ


 例えば、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネという四つの福音書の記事を考えてみてもそうです。そこには小さな記述の違いが見られる所があります。例えば数が違ったり、イエス様の十字架の上には罪状書きのすて札がついていて、これはユダヤ人の王と書いてあったとあるものもありますし、ユダヤ人の王と唱えていたと書いてあったと書いてある記述もあるし、唯単にユダヤ人の王と書いてあるものもあるなど、各福音書によって少しだけ違うところがあるんです。何故そんなに違うかと言うとですね、人間は見る人によってみんな少しずつ主観が違うからです。しかし、事実があったということは確かなんです。もし事実があったのでなかったら、むしろ聖書はみんなで話し合って、口裏を合わせてもっと上手に書いただろうと思います。ところが一つの交通事故を見ても、見る立場によって多少のニュアンスは違うように、聖書の著者はそれぞれ少しずつニュアンスが違うんです。マルコ福音書はペテロの福音書と言われています。マルコはペテロの通訳をしていました。ペテロは田舎の漁師だもんですから、ギリシア語は得意ではなかったので、少年であったマルコという人が、ペテロのギリシア語の通訳をしたと言われています。マルコは少年時代からペテロ先生についてずっと歩いていましたから、マルコ自身がイエス様にお目にかかっています。そのことがマルコ福音書に書いてあります。だから、少年であったマルコに、ペテロは本当にイエス様がおっしゃった事やなさった事を教えたと思います。それを書くように言って、マルコは自分の筆でペテロ先生から言われたイエス様の伝記を書いたと思うのです。マタイは立派な聖人でしたし、彼は税金取りでしたから、彼は十分筆もたつし弁もたつし、非常に几帳面な人でしたから、彼はちゃんとイエス様の説教を記録して保存していたので、あの素晴らしいマタイ福音書ができたのです。マタイ福音書はマルコ福音書に較べてみると、イエス様の説教が随分詳しくなっています。ルカはルカで、ルカはイエスの弟子の中で一番大きな働きをした異邦人の一人として働き ・・・


■録音空白部分■


・・・ もっと詳しく、他の福音書に全然収録されていないメッセージを一杯最後に書いた所もあります。だから、マタイとマルコとルカとヨハネの四人の人が、イエス様の生涯の伝記を書いてくれたということは本当に素晴らしいことなのですね。そういう風にして、聖書は事実を色んな角度から見た人達の証言によって成り立っている訳でございます。そのような聖書の人生観、社会観、宇宙観、人間観、罪悪感、道徳観、あらゆる点において聖書は一貫しており、これは決して寄せ集めではなくて、聖霊が、神の霊が本当の著者であるということを私達は疑うことができません。

 第三番目に、聖書の最も素晴らしい出来事の一つは何であるかと言うと、聖書の中に書かれている預言が成就しているということです。これがまた凄いんですね。聖書の中に書かれている預言の成就。これは旧約聖書の中に書かれているイスラエル民族に対する預言の成就。あるいは異邦の諸国家に対する聖書の預言の成就。あるいはメシア、救主イエス・キリストに対する聖書の預言の成就。この預言が成就したのを並べていったら、本当に聖書という本が唯単なる思想の書物ではなくて、神の大いなる計画、神の御経綸と言いますかね、神様の計画と発表の書物であるということが分かります。

 いつかお話したと思いますが、死海の書と言って、終戦後にデッド・シーと呼ばれているパレスチナ地方にある死海で発見された文献があります。ここは地中海の海面より三百何十メートル低く、ヨルダン川から流れてくる水が全部死海に流れ込んで、その死海の水は大変面白いことに何処にも流れて行く場所がないんです。じりじりと照りつけられて流れて来る水の分量は蒸発するために、どんどんどんどんと塩分が多くなって、普通の海の四倍くらい塩分が濃いという有名な死海です。飛び込んでも浮いてしまって自殺ができないという有名な海ですね。あまりにも塩分が強いために、魚が住めないので死の海と呼ばれています。この死海のほとりに石灰岩の洞窟が一杯あるんだそうです。ある時、一人の羊飼いの少年が迷子になった羊を探していると、やっと小さな子供が入れるような小さな洞窟を見つけて、そこに迷子の羊がいないかと呼んでみたけれども返事がない。そして何気なしに一つの石を拾って洞窟の中に投げてみたそうです。そしたら奥の方でガチャンガチャンと陶器が壊れる音がした。羊飼いはびっくりして中に何かあるに違いないと思って洞窟の中に入って行ってみると、そこに胴長の一メートル位の高さの土器が幾つも見つかったのです。それが割れた音だったんですね。その中に羊の皮(羊皮紙)に書かれた旧約聖書のイザヤ書が入っていたのです。それで当時の人々は驚いて発掘してみんな売ってしまったんです。後にその羊の皮のイザヤ書を英国の学者などが買い戻すにあたっては、この羊皮紙の大きさと金の延べ板の大きさが、丁度同じ値段で取引されたそうです。それらは大英博物館に収蔵されたのですが、それは明らかにヘブル語で書かれたイザヤ書でした。そしてそれは時代的にも間違いなしに、イエス・キリスト紀元よりもずっと昔に書かれたものであるということが考古学的に証明されたのです。聖書は原本というのはどれがそうかも分からなくなっていますが、写本が一杯ある訳です。そして考古学的に考えて、絶対にイエス・キリストよりも以前に書かれた写本が沢山見つかったんです。その中に、あのナザレのイエス・キリストや十字架のキリスト様のことが預言されているものが一杯見つかった。

このページのトップへ


 ですから、預言というのは決して後代の、物事ができあがってしまって後にそれを書いたのではなくて、明らかに聖書の預言は時代的に言っても、そのことが起こる以前に預言されているということがはっきり証明されています。ダニエル書だとかエゼキエル書、イザヤ書などを読んでみますと、これはもう幾らでもお話したいことがあるのですが、例えばバビロン(バビロニア)、ペルシャ、ギリシャ、アッシリア、エジプト、ローマ、こういうような古代の歴史の中に出てくる色んな国々に対する、あるいはツロとかシドンとかニネベとか色んな町々、昔は一つの町が国家で一つの都市国家をなしていましたから、そういう町の運命とか、その町の傲慢と罪とそれに対する神の裁きと最後の運命というようなことが、聖書の預言書を見ると克明に預言されているのです。そしてそれが本当に成就してるんですね。『歴史としての聖書』という本に、預言が如何に成就してその通りになっているか、例えば何々の所は荒れ果てよ、と言って預言者が言っている、そこは昔はもの凄く栄えた町であったのに今は砂漠になっている、本当に荒れ果てている。あるいは、水なき乾く所は泉となって砂漠にサフランの花が咲きと預言されている所が、今は本当にそうなっているんですね。そういうように聖書の預言というものは、エジプトの ・・・ 王様に対して、バビロンの ・・・ である、ペルシャの ・・・ 王様について、ギリシャのアレキサンダーについて、アッシリアのサルゴンという王様、シリアやローマの皇帝などに対して、もの凄く正確な預言が一杯聖書の中に出てきます。それがみな預言の通りに成就している。特に驚くべき事は、イエス・キリストに対する聖書の預言が全部成就していることです。イスラエル民族に対する聖書の預言は、驚くべき勢いで成就してきているのです。今まで成就したことだけでなく、これから成就するであろう預言が、まだ聖書の中には沢山記されています。過去の成就がある以上、将来に対する預言の成就というものも私達は信じることができます。ですから、そういう具合に私達は成就された預言ということから考えても、聖書の実力というものを疑うことができないのでございます。今日は、戦後は特に考古学がどんどん発達して、考古学的に証明された聖書の事実性・真実性というものが、色んな点で証明されつつあるのでございます。

 第四番目は聖書のもっている道徳的な基準についてです。これは特に聖書の中で一番驚くべきことです。聖書の道徳的な基準が本当に素晴らしい、高いものであるということを私達は本当に素晴らしいことだと思います。人間の世界で起こり得る出来事、例えば恋愛、失恋、結婚、出産、商売、事業、戦争、犯罪、憎しみ、妬み、争い、怒り、喧嘩、飲むこと、着ること、住むこと等々、人間の世界で起こり得ることの全部が聖書の中にあります。本当に断言できる位あります。どんな問題でも人間が起こす問題で聖書の中にないものはないと言っていい位です。私はまさか交通事故のことなんてないだろうと思ったら、ちゃんとそのことも書いてありました。馬車を暴走させて人を引っかけた話がちゃんと聖書の中に出てくるので驚いたですね。原子爆弾や水素爆弾のことはないだろうか、いいえ、ちゃんと聖書の中にあります。黙示録の中にちゃあんとあり、巨大な燃える星が空から落ちて来て、地球上の三分の一の人はそれで焼け死ぬということがちゃんと書いてあります。明らかに水爆のことですね。飛行機のことなんか、まさか書いてないと思うでしょ。いいえ、聖書の中に航空機のことがちゃんと出ているのです。鉄のイナゴが万雷の響きをあげて空を飛んでいく、恐ろしい羽音を立てながら空を飛んでいくとヨハネは預言しています。この鉄のイナゴというのは、明らかにジェット機のことです。そしてですね戦車のことも、恐ろしい催涙ガスとか、毒ガスのことまで、ザカリヤ書の中には最後にはそういうものができることが予告されています。

 ですから本当に聖書というものは素晴らしい面白い本ですが、そういう科学などのことばかりでなく、道徳的な人間の生き方と言いましょうか、あらゆる問題について聖書はちゃんと一つの例を挙げています。夫婦の問題でも、親子の問題でも、兄弟の問題でも、経済上の争いでも、心理的な戦いでも、精神的な葛藤でも、政治家や事業家、法律家、文学者、あらゆる点において聖書に出ていないことは何一つない。だから人間というものが如何に時代が変わり、世の中が移っても、人そのものの本質は変わっていないということがよく分かります。しかも聖書は、例えばダビデならダビデという人がやったことが本当に良かったか否か、神がそのことをどの様に評価しているかどうか、神様が良しとされたか否か、そしてその結果はどうであったかという実例が全部出ているんです。だから聖書という本は、人間の罪悪の書だと言っても言い過ぎではない。人間がどんなに罪を犯す者であるかということを聖書は言っている。聖書と書いてあるからきよい書物と思われますが、そうではないですね。人間の罪の書物です。聖書は聖人君主といわれるような、偉大なる聖徒と呼ばれるようなアブラハム、あるいはモーセ、ダビデ、ノアのおじいさん、そういうような立派な人物のことでも、決して偶像化したり粉飾して良い所ばかり書いていない。アブラハムが窮地に陥った時には、自分の奥さんを妹だと偽って自分の危険から逃れようとしたと、奥さんを犠牲にして、そういう狡い嘘を言ってでも自分が急場を逃れ救われようとした話が書いてあります。王様がその奥さんを妾に取ってしまったというようなことが書いてあります。アブラハムのような立派な人でも、人間は窮地に陥った時にはこんなに醜い面があるんだということを聖書は平気で書いています。ダビデという王様はもの凄い素晴らしい王様ですけれども、そのダビデでさえもどんなに恐ろしい罪を犯したかということを聖書は克明に描いています。聖書という本は人間のありのままの姿を、決して偽らないでそのまま書いています。しかし、にもかかわらず、その罪深い人間を神がどの様にゆるしておられるか、どの様に救おうとしておられるかが述べられている。それが聖書の聖書たる所以なのです。だから聖書を知っていますと、聖書の物語を知っていますと、人生において生きていくための処世のために絶対に必要な根本的な確信を持つことができます。聖書を知っていますと、私達は自分自身の、あるいは人の人生の在り方に対して、聖書の中から必ず答を得ることができるのです。聖書という本は本当に素晴らしいですね。道徳的な基準です。

このページのトップへ


 そればかりか聖書という本の持っている文学的な価値、これはもう言葉に表すことができません。創世記などは言うまでもありませんが、例えば、イエス様の譬え話だって実に素晴らしいですね。道徳的な価値ばかりではなくて、文学的な価値、芸術的な価値だって計り知ることができないものがあります。音楽にしても、絵画にしても、初めは全部、聖書の証のために作られたんです。バロック音楽、バッハやベートーベンにしろ、全部初めの音楽は殆ど全部と言ってもいい程、これを神の栄光のために捧げると書いてあります。その後に世俗音楽というものが段々できてきたんですけれども、初めの音楽は全部神を讃美するためにできた音楽です。ヨーロッパの音楽は全部と言って言い過ぎではないですね。どんなに美しく神を讃美しようかとして、あの素晴らしいオーケストラができているのです。絵画でもルネッサンスの時代を見るとそれが一番花開いた時ですが、レオナルド・ダ・ヴィンチとかミケランジェロなどの人達が、どんなに美しく神様を讃美しようとしたか。如何に聖書を題材として文学をつくり、聖書を題材として芸術ができてきたかということが分かります。それは神様の愛を知った時、人の心が燃えるからです。神様の愛が分かった時に、ああ、本当に神様を讃美しようとするその心が芸術の根本になるんだということがよく分かります。ですから私達は今は段々と世俗の芸術の世界になってきましたが、今はそちらが全盛ですが、それと同時に、ある意味においては芸術も文学も本当に堕落してしまったということが言えるんではないかと思います。ですから、道徳、文学、芸術や、むしろ科学や技術でさえも、厳密に言うならば聖書に基づいていると言っても言い過ぎではない面がある。特に聖書の中にあるイエス・キリストの生涯、これはもう本当に比類のない美しさを持っています。その愛とゆるしと癒しと十字架と復活と今もなお生きて、永遠の命を与えて下さるというこの福音の中に聖書は凝固されていると思います。

 そのように聖書は、私達人間に対する神様の愛の啓示です。先程は霊感、インスピレーションということを申しましたが、神はどんなに人類を愛しておられるかということを、聖書は殆ど完璧な形でもう既に啓示していらっしゃる。だから聖書というものは、既にそれに何も付け足す必要もないし、それから何も省いてはいけないものなのです。黙示録の一番最後を読んでみますとヨハネはそう言っています。これに何ものも付け足してはいけないし、何ものもこれから引いてはいけません、聖書は黙示録で完結したと神様はヨハネに言わせています。だから私達は、聖書を神様が与えて下さった神の啓示の書としてこれに従うことができます。その中に人間の救いのために必要なことは全部記されています。完結していると言ってもいいのだと思います。

 次ぎに旧約と新約の関係について少し申し上げます。旧約聖書というのは、言うまでもなく古い約束だと言ったのですが、厳密に言いますと、旧約聖書には四つの約束があるのです。第一はアブラハムと神様との契約です。アブラハムと神様がアブラハムというセム人種、セム、ハム、ヤペテですね、これらと交わした約束です。言い落としましたが、もっと前に神様とノアとの約束が書いてあるのです。これは二度と人類を水では滅ぼさない、洪水で滅ぼさないことにしようと言ってですね、神様がノアと契約を結んだということが書いてあります。その次ぎにアブラハムと神様とが約束をして、神がアブラハムをお召しになって、あなたの子孫からイスラエル民族をつくって、そのイスラエル民族の中にメシア(救主)が生まれるのだよ、あなたの子孫によって全世界の人々が祝福を受けるという約束を神様がしたと書いてある。第三番目はモーセと神様の間の約束です。これは律法を守るならば、私はイスラエル民族を必ず祝福してあげようという十戒を中心として神様が律法を与えて下さった。これがモーセとの契約です。第四番目はダビデとの契約です。ダビデの前に神様が現れて、お前の子孫からキリストが生まれるという約束をしていらっしゃる。ですから普通イエスさまのことはダビデの子と呼んでいますね。アブラハムの子、ダビデの子。こういう約束が旧約聖書の中に記されています。

 だから旧約聖書と言うのは新約聖書の根であり、幹であり、木であり、旧約聖書という木の幹から咲いた花であり実であるのが新約聖書です。だから新約というのは、旧約無しには絶対成り立たなかったし、新約が無ければ旧約はその目的を達成することができませんでした。哲学的に言えば、旧約はアウフヘーベン(止揚)されてその目的を達しましたけれども、旧約は存在の意味が終わってしまった。新約において旧約は全部成就されたというのが、アウフヘーベンされたと言いますが、これが旧約と新約との関係です。イエスは肉によればダビデの子孫から生まれました。しかし、霊によれば聖霊によって神から生まれたお方です。イエスは旧約聖書の全部の約束のもとにたって、ベツレヘムで生まれ、ナザレで育ち、一人の完璧な人間として私達の中に生まれ、私達の罪のために十字架につけられて死んで下さったお方です。新約というのは、言うまでもなく神様と人間とがイエス・キリストというお方によって結んだ、一方的なゆるしと救いと愛の契約です。全く神様の一方的な、もはやイエス・キリストが十字架についたから、あなた方はそれを信じ受け入れるならば救われるという、そういう契約です。それが新約の新しい約束でございます。それから新約聖書の中には信ずる者は救われるということと、永遠の命、あるいは千年王国を初めとして、神の御国の約束が黙示録の中に記されています。

このページのトップへ


 聖書の目次をご覧下さい。旧約聖書の目次を見ると、創世記から創・出・レビ・民・申というのは、先程お話しましたようにモーセの五書と呼ばれています。これはモーセが書いたと言われている五つの大事なものでありまして、ここには主に律法が記されています。それからヨシュア記というのは、イスラエル民族がエジプトから脱出してカナンの地へ入る時のことが記されています。ヨシュア記からエステル書まで、これは歴史書です。もちろん創世記も出エジプト記も民数記も歴史が記されていますが、大雑把に分けると初めの五書は律法でその次が歴史の書です。そしてヨブ記と詩篇と箴言、伝道の書、雅歌というのはイスラエル民族の精神的な状況が最高の時にあった、宗教的に最も恵まれていた時代に、イスラエル人達が作ったり書いたり歌ったりした文学、詩歌、預言です。次のイザヤから始まってエレミヤ、哀歌、エゼキエル、ダニエル、ホセアなど最後のマラキ書までは、イスラエル民族が一番駄目な時、もう滅亡の寸前の時に次々と立って、イスラエル民族の救いや滅びや希望について預言をした預言書です。従って旧約聖書というのは、律法と歴史と文学と預言という四つから成っているということが分かります。今申し上げましたように、例えば創世記も歴史の方に入れるとするならば、創世記というのは人類の初めからイスラエル民族の祖先までの歴史が創世記です。出エジプト記というのはイスラエル民族の中のアブラハム、イサク、ヤコブの時代に、ヤコブという人が子供達を連れて七〇人でエジプトへ非難して行った時、そこで創世記が終わります。そして創世記が終わってエジプトで四〇〇年間奴隷になっていたイスラエル民族が、奴隷の身でありながら強大な民族になったのです。イスラエルの人々がエジプトへ行った時には僅か七〇人で行ったのに、四〇〇年間奴隷で苦しみながらエジプトを出る時には二〇〇万人になっていたと聖書は言っています。二〇〇万人と言えば大したもんですね。広島が一〇〇万人いるかいないかですから。そういう古代の民族としては大民族に育ったのです。その二〇〇万人の人を連れてモーセが荒野へエジプトを脱出したんですね。脱出するにあたって、絶対にそれを阻止しようとするエジプトの王様との間に面白い戦いがあったりして、見事に脱出に成功したのが出エジプト記です。それから荒野で生活をしながら神様とイスラエル民族が出会って、はっきりとした宗教的な約束事ができたのが、この出エジプト記からレビ記、民数記、申命記です。

 そしてその荒野で四〇年間彷徨したあげく、いよいよ約束の地、アブラハムに約束されていたカナン、今日のパレスチナ、今日イスラエル民族がそこに戦後帰っていますが、そのパレスチナ地方に進入して行く場面、それがヨシュア記です。そこに進入してから約三〇〇年間、色んな先住民族や周囲の民族との軋轢で苦しむのが士師記です。士師というのは民族の指導者のことですね。サムソンとデリラの話だとか、ギデオンの精兵三〇〇の話だとか、デボラという女預言者が活躍した話だとか、面白い話がこの士師記の中には一杯あります。次のルツ記というのはその後にダビデのおじいさん、四代くらい前のおじいさんのボアズという人と、美しい異邦の娘ルツが花嫁であった、夫が早く死んでしまった若い未亡人であったヨアブという国の娘さんとが結ばれるという、ダビデの祖先になる美しい話がルツ記です。それからサムエル記というのは、イスラエル王国時代の創設のことがサムエル前書に書いてあります。これはサムエルという預言者の時代から始まったのでサムエル記と呼ばれています。そのダビデ王朝の一番最後の結末がサムエル記の下巻です。ダビデという人は非常に勝れた王様で、当時の世界としては世界最強の王国を作ったのです。当時の世界としては。そしてそのソロモンの時には、その栄華は極まったと聖書は言っています。ところがソロモンが死んでしまった後、南王朝と北王朝に分裂致します。そして、南 ・・・


■録音終了■

このページのトップへ