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植竹牧師の「それでもまだ言い足りない」

 「献金について(その3)−教会成長という誘惑−」

 私たち夫婦は、1945年の終戦後のキリスト教ブームの第一陣で、2人とも戦後1年以内に入信した者達の一期生だった。ブームは続かなかった。やっぱり戦前からの大教会が大きかった。広島へ私たちが来たのは9年後の54年5月だった。教会は日本キリスト教団が9つ、アライアンス、バプテスト、聖公会、ルーテル、ナザレンが各一つで計14教会。いずれも戦前からの教会で、会堂も建設されていた。
 そこへ戦後の第一陣として、無援助で、開拓伝道(戦前のホーリネスの方が数名いて暖かく迎えてくださった)にふさわしい状況で集会をはじめたのだ。3坪の掘っ建て小屋が住居兼礼拝堂だった。
 着任挨拶にまわったときも、立派な礼拝堂を見ても、すこしもうらやましいとは思わなかった。2年後には借地に小会堂も建てたし、4・5年後には4〜50人の礼拝も守れるようになった。会堂も無理なく建った(15坪)。
 そのころ、総動員伝道(牧師が一人で頑張ってもダメ、信徒をを総動員する)がはじまり、教会成長が合い言葉になり、信徒を訓練し、伝道・奉仕・献金に励ませよ、という時代になった。牧師が週報を書いているようではダメだ、牧師は社長・指揮官だ・・・。成功した牧師先生が、そのころまだ珍しい50cc のバイクにのりはじめた。
 私は計画性も指導性もない若僧牧師だったから、自分は楽をして信徒を強力に奉仕にかり立てる方式に疑問があった。しかし、それができない自分が恥ずかしく、誘惑があった。(つづく)


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