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 目次・第一章  第二章  第三章  第四章  第五章  第六章  第七章

植竹牧師の「それでもまだ言い足りない」

  復刻版
『受難週のキリスト』

植竹利侑著
(教会新報社 1981刊 
「福音入門シリーズ」)
本書は絶版につき本サイトで復刻したものです。



第三章 ゲッセマネの祈り 

<マタイによる福音書26章34〜46節>
<マルコによる福音書14章32〜36節>
<ルカによる福音書22章41〜44節>


 マタイとマルコの福音書を読んでいますと、昨日お話をさせていただきました″最後の晩餐″のあとで、イエスは賛美の歌を歌われたということが記されています。過越の賛美ですから、詩篇の百十何篇かであったと思いますが、そこを見ますと、神様を賛美する詩がいくつか並んでいます。
 イエスというお方は、実に不思議な方で、民衆たちが歓呼の声を上げてイエスを歓迎したときには、エルサレム、エルサレムといって涙を流されたのですが、今、最後の晩餐を終えて、弟子たちが意気消沈しているときにイエスは、「さあ、賛美しようではないか」といって、明るい顔をされて、神様に賛美をささげたと思われます。
 −今から、ゲッセマネの園へ行ってお祈りをされ、そこへ大祭司の僕たちがきてイエスを捕縛し、その晩はしたたかな刑罰を受け、いばらの冠をかぶせられ、翌朝の九時には十字架につけられる−そういうことをイエスはすべてご存知でした。
 恐るべき、人間の歴史はじまって以来の凄絶なドラマが、今はじまろうとしていました。しかし、そのドラマは輝くばかりの賛美からはじまるのでございます。
 イエスの一行は、最後の晩餐を終えると、羊の門、あるいはステパノの門と呼ばれている門を通り、エルサレムの町から郊外へと出て行きました。羊の門を通られたとき、イエスは預言者ゼカリヤの預言を思い起され、弟子たちに
 「『良き羊飼いが打たれると、羊は皆散らされる』と書いてある。私はまもなく打たれ、あなた方は皆私につまずいて散ってしまうだろう」
 といわれました。するとペテロが、
 「先生、とんでもありません。たとい皆の者がつまずいても、私は絶対につまずきません。獄にでも、また死に至るまでも、あなたとご一緒に行く覚悟をしています」
 と答えました。

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 ルカによる福音書22章のイエスとペテロの会話は、最後の晩餐の席上で行なわれたように書いてありますが、他の福音書を見ると、ゲョセマネの園へと行かれる道すがら、語り合われたもののようです。ヨハネによる福音書18章によりますと、一同は、ケデロンンという渓谷のむこうへ行かれたと書いてあります。
 このケデロンという谷川は、黒い、という意味です。どうして黒いかといいますと、過越の祭りのときには、エルサレムの神殿で、ユダヤ人の習慣により何万頭という羊が殺され、その血がこの川に流されるので、そう呼ばれるのです。この日は、エルサレムの過越の祭りのときでしたから、ほんとうに川の水の色が変わるほど、血が流されていました。曲りくねって死海にいたる不気味な「黒い川」ですが、夏期には水が涸れて空谷になるのだそうです。
 その昔、ダビデが自分の息子であるアブサロムに背かれ、このケデロンの谷を渡ったと旧約聖書に記されてありますが、アブサロムに追われたダビデは、少数の家来を連れて、泣きながら、裸足でこの谷を通ったのでした。そして今、まことのダビデの子であり給うイエスもまた、都を離れて、同じ道をゲッセマネの園へと急がれるのでございます。
 そこに、オリーブ山という山があって、その東側の傾斜に、いくつもの園が設けられてありました。エルサレムの都は非常に狭く、石畳で全部舗装されているため、都の中には緑がありませんでした。その狭い土地に何十万という人が住んでいたのです。そのため、エルサレムの金持たちはきそって郊外へ庭園をつくったと思われます。
 この金持の一人が持っていた、オリーブ山の斜面のかなり広い園に、イエスの一行はつかれました。                たぶん、この園は、イエスの弟子であり、マルコ福音書の著者でもあるマルコの母、マリアの所有ではなかったか、といわれています。マルコの母は、ペンテコステの日に、聖霊が注がれたという、あの百二十人の人々が収容されていたエルサレムの大きな二階座敷の所有者であります。
 イエスと弟子たちは、イエスを愛してやまないこのマリアの好意によって、エルサレム滞在中は、いつもこの園におられたようです。ルカによる福音書には<いつものようにオリーブ山に行かれ>と書いてありますし、ヨハネによる福音書には<イエスと弟子だちとがたびたびそこで集まったことがある>と書かれてあります。
 ゲッセマネという名前ですが、これは、油搾り、という意味ですね。オリーブの油を搾るときには、この圧搾機にオリーブの実を入れ、大きなハンドルをギューッ、ギューッと締めるのです。そうすると実は砕かれて、油がしたたり落ちてまいります。

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 ゲッセマネ、それはあたかも、イエスが血の汗を流して祈る場所にふさわしい名前ではありました。今、イエスは、そのゲッセマネの園へと入っておいでになったのでございます。
 イエスは、弟子たちに「私が祈っている間ここにすわっていなさい」といい、ペテロ、ヤコブ、ヨハネの三人の弟子を選んで、さらに園の奥深く人って行かれました。
 「あなた方はここに待っていて、私と一緒に目を覚ましていなさい。そして、誘惑に陥らないように祈っていなさい」
 イエスは、この三人の弟子に、自分と一緒に目を覚まして祈っていることを頼まれたのです。この弟子たちこそ、実に選ばれた者たちでした。今までも、あるときはヤイロの娘がよみがえらされたときにい合わせ、またあるときは、イエスの変貌を目のあたりに拝する光栄にあずかったりしたのです。そして今、主イエスの生涯で最も記念すべき、ゲッセマネの園にも招かれて行ったのでございます。
 栄光にあずかった者は、み苦しみにもあずからなければなりません。彼ら三人は、歴史に残るイエスのみ苦しみの場所に共にいる特権をゆるされたのです。
 イエスは、ほんの一時間ほど前に
 「今まで私はあなた方を僕と呼んだが、今からは友達と呼びたい」
 こうおっしゃったのです。友達というのは、人生において一番嬉しいときと、一番悲しいときに一緒にいてくれる者のことです。今、イエスは三人の友を特に選んで、ご自分の苦しみ悲しむ姿をお見せになろうとしたのです。だからイエスは、目を覚まして祈ってい  なさいと申されたのです。そして、そういうや否や、たちまちイエスは顔面蒼白となり、何か恐ろしいものを見たかのようにわななきはじめました。聖書は次のようにいっています。
 <そしてペテロ、ヤコブ、ヨハネを一緒に連れて行かれたが、恐れおののき、また悩みはじめて、彼らに言われた。「わたしは悲しみのあまり死ぬほどである。ここに待っていて、目をさましていなさい」>(マルコによる福音書14・33〜34)
 まるで、熱病にかかった重症患者のように、イエスはおののき、恐ろしい形相へと変って行ったのです。イエスは一体、何を見たのでしょうか。どんな恐ろしいものがイエスを脅かしたのでしょうか。見ていた弟子たちの方がびっくりいたしました。
 「先生、どうされたのですか、気分が悪いのですか。病気になられたのですか」
 「いや、体ではない。私の魂が、今、いたく憂いて、悲しみのあまり死ぬほどである」

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 ほんとうに、弟子たちが今まで一度も見たことのないイエスの姿でした。イエスはいかなるときも毅然としておられました。あの嵐のときも「波よ、風よ静まれ」とおっしゃって嵐を静め、たけりたつ狂人の前に立たれたときも「私は命じる。サタンよ、この男から  出て行け」と威厳をもってお叱りになると、悪魔は恐れて逃げて行ったのです。どんな手強い敵の真只中にあっても、恐れることを知らなかったイエスが、今、憂いて死ぬほどだ、とおっしゃったのです。
 そしてイエスは、石を投げて届くほどのところに退いてひざまずかれた、と書いてありますが、何十メートルか離れたところへよろめき歩まれ、とある大きな岩の側に、打ち倒されたようにしゃがみ込んでしまわれたのでした。
 マタイによる福音書には、うつ伏せになって祈られた、とあります。そして、世にも悲痛な声を上げて「アバ、父よ!」とお叫びになったと記されてあります。
 ちなみに申し上げますが、イスラエルの人々の習慣からいうと、祈る時は必ず立って祈りました。特に大事な祈りをするときは、立って、清い手を上げて祈ったのです。
 しかし、イエスはこのとき、うつ伏し、悲痛な叫びを上げて祈られました。何が一体これほどまでにイエスを恐れさせたのでしょう。死ぬことが怖いとか、十字架につくことが恐ろしいというのであるならば、殉教者たち、特に女性やいとけない子供でさえも、凛然として輝きながら死を遂げて行ったという、数限りない殉教の歴史の前に、どうして神の子キリストが、このような有様を弟子たちの眼前に表わすはずがあるでしょうか。
 あの頼りない弟子たちに「どうか目を覚ましていてくれよ」と頼まねばならなかった、何があったのでしょう。
 それは、ひとことで申し上げますならば、サタンがイエスに総攻撃をしかけたのです。天地創造以来このかた、人間に罪を犯させ続けた、年を経たサタンです。その目的はただ一つ、イエスを十字架につけさせまいとする働きです。なぜですか。イエスの十字架こそ、人類の罪を賄うものだからです。これこそ、サタンに勝利するためのものだからです。

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 サタンは、イエスの目に、まるでパノラマのように、十字架上におけるイエスの苦しみを見せました。それはただ、手や足に釘を打たれるとかいうことではない、イエスの心まで切り刻まれる、もの凄さを見せつけたのです。飲むべき杯の苦さを、背負うべき十字架の重さを、身代わりとなるべき人間の罪の凄まじさを見せたのです。
 私は、もしかするとサタンはここで、イエスを狂い死にさせたかったのだろうと思います。十字架ではなく、それ以外の方法で殺そうとしたのではないかと思います。創世記の第3章に預言されていることですが<サタンはイエスのかかとを砕く、しかしイエスはサタンの頭を砕く>とあります。
 私は、イエスがもし、このゲッセマネの園で苦しみ悩み、精神的な闘いに打ち勝つことなしに十字架についたとするならば、勝利をおさめることはできなかったと思います。
 もしゲッセマネの園を経験しないならば、イエスでさえも、十字架の苦痛に耐え得なかったでしょう。これだけの決心をして、なお「わが神、わが神、どうして私をお見捨でになったのですか」と叫ばねばならないほどの十字架の苦しみにあわれたのですから、ゲッ セマネの園を通過せずに、それに打ち勝つことはできなかったのです。
 いうなれば、ほんとうの十字架はカルバリの丘ではなくて、ゲッセマネの園であったとさえ思われるのです。
 人間は、あることに立ちむかうとき、一旦、それに精神的に打ち勝ち得たならば、事柄そのものには軽く勝つことができます。
 ゲッセマネを経過してからのイエスは、毛ほどの疑いもなく、迷いも、恐れも、不安もなく、毅然として十字架を担われたのです。
 では、マルコによる福音書14章におけるイエスの祈りはなんでしょうか。
 <そして少し進んで行き、地にひれ伏し、もしできることなら、この時を過ぎ去らせてくださるようにと祈りつづけ、そして言われた。「アバ、父よ、あなたには、できないことはありません。どうか、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの思いではなく、みこころのままになさってください」>(マルコ14・35〜36)
 イエスは、もしできることなら、このときを過ぎ去らせて下さい。どうかこの杯を私から取りのけて下さい。と祈り続けられたのです。

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 私たち人間は、罪というものの恐ろしさを知らないのです。<罪の払う価は死である>とパウロは書いていますが、実は、死の恐ろしさもあまり知ってはいないのです。″死ぬ″ということは、ただ、心臓の鼓動が止まることぐらいに思っていらっしゃる方が大勢います。日本人の宗教観の脆弱さ、希薄さは、罪と死に対する認識が足りないところからきているのです。
 今、イエスが飲もうとしている杯、受けようとしている刑罰は、人間の罪に対する神の怒りなのです。″罪″を憎む神の呪いなのです。今、イエスが背負おうとしている罪は、かのアダムが犯した罪、アベルを殺したカインの罪、殺人者レメクの罪、ノアの時代に地に満ちていた暴虐の罪、ソドムの罪、ゴモラの罪、おおよそ人類の歴史はじまって以来の罪が、重く重くイエスの上にのしかかってきているのです。今また祭司長たちの罪が、ピラトの罪が、むち打つ兵士たちの罪が、イエスを十字架につけようとしている人々の罪が、そして私たちの罪が、ヒットラーの罪もナポレオンの罪も、ありとあらゆる罪が、大山のようにイエスの上に積み上げられているのです。
 イエスは、まるでじょうごのようにそれを飲み干さなければならないのです。
 死ぬということは、肉体が活動を停止するだけでなく、聖書によれば、罪のために神から永遠の呪いと裁きを受け続けることなのです。地獄の中で永遠に、もはや死ぬこともできない恐るべき死を生き続けなければならない、それが聖書のいう″死″であります。
 今、罪を知らぬ神の子イエスが、罪そのものとされ、聖書の言葉でいうならば、呪いそのものとなって、私たちのために呪われようとしているのです。飲もうとしている罪の凄まじさ、その恐るべき神の怒りの激しさ、その罪に打たれて呪われることがいかに恐ろしいかを、イエスはサタンによって見せられたのです。
 私は、罪のない神の子が、神に呪われるということほど、大きな矛盾、悲劇はないと思います。人間の世界に起こる悲劇なんか、どんな悲劇でもたかが知れています。しかし、イエスが受けようとしている悲劇は、神の呪いであり、神ご自身の悲劇であるのです。

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 イエスは、本当の意味において、罪を恐れ、死を恐れました。永遠のはじめから、ただのひとときも主なる神から離れたことのない神の子イエスが、今、神から捨てられようとしているのです。イエスの死は、神の怒りを飲み干すことであり、その苦き杯を最後の一滴まで飲み干すことであったのです。
 イエスは、肉体的な十字架の苦痛などというものは、はじめから覚悟の上でありました。イエスの生涯は、はじめから十字架を指して歩んでこられたのです。しかし今、十字架を前にして、神の怒りと、呪いと、罪の恐ろしさを目のあたりに見て、ある意味において、イエスは、たじろがれたのではないかと思います。
 十字架は結構ですが、どうか私を呪わないで下さい。どうか私を見捨てないで下さい。もしできることなら、この杯を私から取り去って下さい、あなたには、できないことはありません。何か他に方法はないのでしょうか。イエスはそう叫ばれたと思うのです。
 私は、イエスは決して、自分から喜んで十字架の道を選ばれたのではないと思います。いいようもない悲しみと歎きと苦しみとを経て、それでもなお、従わずにはおられない父なる神への従順と、人間への限りない愛が、ついにイエスをして、十字架への道をたどらしめたのだと思うのです。イエスの十字架が、決していい加減なものでなかったればこそ、もしできることなら、このときを過ぎ去らせて下さい。身代わりの杯を私から取りのけて下さいと、イエスは正直に祈られたのです。
 イエスはこのとき、三十三才の若さです。イエスの肉体が特別なもので、痛みを感じないとか、辛さを感じないのではありません。純粋で汚れなきイエスこそ、私たちの何千倍も罪の恐ろしさを感じとられるお方です。私たちの良心は麻痺しておりますが、イエスの良心はみずみずしく、どんな小さな罪をも、身の毛のよだつほど嫌われたお方です。そのお方が今、全人類の罪のために呪われようとしているのです。
 私は、「あなたかもし神の子ならば石を変えてパンにしなさい」といった、あのサタンの誘惑が、このときほど激しくイエスの上にきたことはないと思います。なぜ呪われなければならないのか。イエスよ、お前がもし神の子なら、なぜそんな恐ろしい目にあわなければならないのか。もしお前が神の子なら、他に方法があるだろう。誰が進んでその苦い杯を飲むだろうか、と。

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 今、イエスは気も狂わんばかりに恐れおののきました。イエスだからこそ、罪を恐れたのです。イエスはどうしたでしょうか。
 「アバ、父よ、どうかこの杯を私から取りのけて下さい。しかし、私の思いではなく、みこころのままになさって下さい」と祈ったのです。
 どうか皆さん。日曜学校の生徒や、幼稚園の子供が劇をするように、この言葉を考えないで下さい。ほんとうにお祈りをしたことのある人なら皆知っています。真剣に祈るならば一時間や二時間は絶対にかかるのです。ましてイエスはたとえようもないみ苦しみの中で、ただひたすら心血を注いで祈り続けられたのです。誰もそれを助ける者はいなかった、そのときです。
 <み使いが天からあらわれてイエスを力づけた>(ルカ22・43)
 とあります。なぜ、神は天使を送って励まされたのでしょうか。それは、神のみこころが成るか、成らないか、神が勝つか、サタンが勝つか、悪魔の脅しが勝つか、愛が勝利するかという大事なときであったからです。
 もしイエスが、ここで負けてしまわれたら、人間の罪に対する救いのご経綸は全部失なわれ、イエスは神に呪われ、捨てられなければなりません。しかしサタンは、イエスを十字架にかけないためのあらゆる巧妙な策略をもって執拗にイエスを苦しめ、肉体をもっておられた神の子イエスはそのまん中に立たされて、悲しみがいよいよ迫り、その額から流れ落ちる汗は血のしたたりのようであった、と、ルカによる福音書は語っているのです。
 極度に人が緊張すると、血の汗が流れるということが、医学的にも証明されていると、ある註解書は説明しています。私は医者ではありませんから生理的なことはわかりませんが、ほんとうだろうと思います。血の汗を流してイエスは祈られたのでした。
 今や、全人類の罪はイエスの両肩に重く重くのしかかり、イエスはうずくまり、打ちひしがれ、耐えておられました。旧約聖書のイザヤ書53章には、イエスのそのような姿が預言されております。
 <・・・ 彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。・・・ 主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた。・・・>
 愛する兄弟姉妹、黙する羊のように口を開かなかった彼の、その打たれた傷によって、私たちはいやされるのです。

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 こうして、イエスは何時間祈られたのでしょうか。苦しみ呻きながら、
 「どうか、この杯を私から取りのけて下さい。しかし、」と祈られました。皆さん、この″しかし″が人類の歴史を転換させることになったのです。もし、イエスの祈りにこの″しかし″がなかったら、私たちは今なお罪の中にあるでしょう。永遠の滅びの中にあるでしょう。
 イエスは「しかし、私の思いではなく、みこころのままになさってください」と祈られたのです。それまで何十分か何時間か、血の汗をしたたらせ、激しい叫びと涙とをもって苦しみ祈られたイエスは、ついに「しかし、みこころのままに」と祈られたのです。
 私は、イエスが、しかし、とおっしゃったとき、それは何十分もかかって、やっと低くつぶやくようなお声でおっしゃったのではないかと思います。私たちでさえそうです。肉の欲や願いに打ち勝って、神のみこころに従おうと決心するとき、小さなことでもどれだけ勇気が要り、時間がかかり、苦しまなければならないか、闘ったことのある人は知っています。
 今、イエスが、しかし、とおっしゃるために、どれほど血の汗を流されたことでしょう。だが彼はついにいったのです。「しかし、みこころのままに ・・・」と。イエスの祈りがここにいたるまでの、彼の苦しみを、どうかほんとうに知っていただきたいのです。
 そして、従おうと決心されたその瞬間、イエスには、神のみこころがわかりました。
 イエスは、父なる神のみ前で、ついに死の苦しみに打ち勝たれたのです。
 イエスは立ち上り、弟子たちの所へ戻ってこられました。すると、弟子たちは何の助けにもならず眠りこけていたのです。五分や十分は目を覚ましていたのですが、弟子たちにはイエスの苦しみなど、ほとんどわかっていないのですから、しばらくは我慢して見ていたものの、どうにもならなくなって眠ってしまったのです。でも、イエスがすでに何遍も、十字架につくのだ、死ぬのだと苦難の予告をしていますから、はっきりはわからないがとにかく、ただならないことが起こるのだ、ということはわかっており、弟子たちも心を痛めていたのです。
 彼らは、イエスが恐れおののいている姿を見て、自分たちも非常に悲しみ、悲しんで緊張したあまり、かえって疲れが出て眠ってしまったのでしょう。私は、これがサタンとの闘いなのだ、と思います、弟子たちは、サタンの放った睡魔に襲われ、もうどうしようもなくなって眠りこけてしまったのではないかと思うのです。

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 イエスは、その姿をご覧になり、
 「ああ、この弟子たちのために、私は杯を飲もう。どうしても負けることはできない。彼らを救わないわけにはいかない。サタンめ!」
 そう強く決心されて、再び祈られました。何と祈られたか、マタイによる福音書26章をご覧下さい。
 <わが父よ、この杯を飲むほかに道がないのでしたら、どうか、みこころが行われますように>(マタイ26・42)
 一番目と二番目の祈りの間には大きな飛躍が見られます。先に祈られたときは、父なる神の怒りの恐しさに「この時を過ぎ去らせて下さい、この杯を取りのけて下さい」と願ったイエスでありましたが、今はただ、父なる神のみこころに従おうとする姿勢であります。愛する弟子たちが眠りこけている姿を見たときに、イエスは十字架につく決心を、ほんとうに固められたのだと思います。このとき、それまでサタンの惑わしによってまっ暗になっていたイエスの心の霧が晴れて、今、はっきりとご自身の十字架が見えられたのです。
 聖書の神は、いつでも沈黙の神です。決して饒舌ではありません。イエスが血の汗をしたたらせて祈っても、神は何も答えては下さいませんでした。しかし、イエスは父の答を知ることができました。自分の願ったことが、決してみこころではないのだ、ということを。いく度願っても、天の父はイエスに対して、一歩も半歩も譲ることをなさいませんでした。やがて十字架の上でみ子イエスを呪い給うたときと同じように、毅然としてイエスの祈りを拒絶されたのです。神は祈りを聞き給わぬことによって、答とされるのです。私たちを訓練されるときも、言葉で訓練するのではなく、事実と環境で訓練なさるのです。
 あなたにもし、悟る心があれば、神のみこころを常に伺い知ることができるのです。私たちが、聖書によらない歩みや考え方をしているときには、心に平安や喜びがありません。
 聖なる神の愛が感じられないのです、私たちが何か良いことをするときに、いちいち神のみ声を聞かなければやらないというのは傲慢です。アブラハムでも、ノアでも、ダビデでもそうです。イエスでさえも、神のみ声をはっきり聞いたのは、生涯で三遍だけです。

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 ノアは一遍聞いて、百二十年間それを守ったのです。そして箱舟を造りました。山の上に。たった一遍聞いただけです。あれは錯覚であったか、疑えばいくらでも疑えます。
 もし、神のみ声を聞きたいなら、そのくらい命がけの服従をすれば、或いは聞くことができるかも知れません。もし、私たちがほんとうに神に従っているならば、私たちが神のご性質にあずかる者となっているならば、み声が聞けなくとも結構です。そのとおりなさったらよろしいのです。しかし、良くないことであるならば、聖霊の喜びや、臨在の喜びがなくなっていきますからすぐわかります。あなたかクリスチャンだったら、みこころに適わないことはすぐわかるはずです。
 <キリストは、その肉の生活の時には、激しい叫びと涙とをもって、ご自分を死から救う力のあるかたに、祈りと願いとをささげ、そして、その深い信仰のゆえに聞きいれられたのである>(ヘブル5・7)
 愛する皆さん。ここに、祈りと信仰によって聞き入れられた、と書いてありますが、これはゲッセマネのことをいっているのです。激しい叫びと涙をもって祈られたこのとき、その祈りは聞かれたというのです。「どうか、この苦い杯を私から取り除いて下さい」と、あれほど祈られてついに聞かれなかったのに、聖書は、聞かれた、とはっきり書いているのです。
 願いどおりにならなかったこと、それが神のみこころであったのです。いいえ「この杯を飲むほかに道がないなら飲みます」と祈られたことが、「みこころなら従います」と祈られたことが、神の、イエスの祈りへの答だったのです。そのときサタンは去りました。こうしてイエスは、混じり気のない純粋な神の怒りを、全部飲み干す決心をすることができたのです。ゲッセマネの勝利が、ほんとうの十字架の勝利です。
 それからのイエスは、「さあ、立ちなさい。行こう、父が私に与えられた杯を、どうして飲まずにおられよう」と、ひとことの恨みも、一片の憎しみも、憂いも迷いも今はなくて、毅然として十字架の道を突き進まれたのです。
 愛する兄弟姉妹、どうでしょうか、飲むに忍びない杯を与えられたとき、私たちなら「いやです。いやです。とんでもない。そんな信仰やめにします」と、逃げ出すのではないでしょうか。私たぢは、自分の欲しくない杯をあてがわれたとき、自分の本質がよくわかります。イエスは、苦悶を克服して従われました。
 イエスは弟子たちに<「みこころの天に成る如く地にも成させ給え」と祈りなさい>と教えられ、そしてほんとうにそれを実行されたのです。人間は、自分の力ではなにもできません。弟子たちと同じことで、悲しみのはてに疲れて眠りこけるだけです。ひとときも目を覚まして祈ることはできません。しかし、一つだけ方法があります。自分の心のままにではなく、全く神のみこころにおゆだねすることです。

第三章(了)
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