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広島キリスト教会  〒734-0042 広島市南区北大河町39-1 TEL : 082-285-6006  FAX : 082-285-4043

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 目次・第一章  第二章  第三章  第四章  第五章  第六章  第七章

植竹牧師の「それでもまだ言い足りない」

  復刻版
『受難週のキリスト』
植竹利侑著 
(教会新報社 1981刊
「福音入門シリーズ」)
本書は絶版につき本サイトで復刻したものです。



第六章 ピラトの庭で

<マタイによる福音書27章19〜26節>
<ヨハネによる福音書19章1〜16節>

 今まで、私たちは、イエスが十字架にかかられるまでのみ姿について、学んでまいりました。
 カトリック教会では、受難週になると「十字架の道行き」と題して、イエスが十字架にかかられるときの絵や像が壁に掲げられ、それを信者たちが一つ一つ拝んでまわる、という習慣があるそうです。
 イエスは、死刑の判決が下るまで、その身柄をたらいまわしにされていました。
 捕えられてから、まず、アンナスのもとに連行され、カヤパの宮廷に送られ、次にピラトのもとへ引きずって行かれ、今度はヘロデのもとへ移され、そして再びピラトのところへと送り返されてきたのです。
 ピラトは、イエスをへロデのもとに送って、ほっとしていたところに、またイエスが送り返されてきたので、がっかりしながらも、これはどうもユダヤ人のねたみによる宗教上の問題であって、ローマの法律による死刑に相当する罪とは考えられないと思い、なおもイエスに質問をいたしておりました。
 そこへ、ピラトの奥さんが、使いの者にことづけてよこしたのです。
 「あなた、あの義人のことについて、どうか深入りしないで下さい。私は今朝、非常に恐ろしい夢を見て、あの義人のことで散々苦しみましたから」
 たぶん、朝早く群衆が押しかけてきて、ピラトが起こされたときは、彼女はまだ床の中にいたと思います。うとうととまどろんでいる間に、とても恐ろしい夢を見たのですね。その夢の中に現われた男の顔が、彼女の脳裏に焼き付いていました。
 目を覚ましてから、中庭で行なわれている裁判の様子を何気なくのぞいた彼女は、夢の中で見たその男が、夫ピラトの前に立っているのですから、びっくり仰天して「あの義人のことで、それ以上深人りしないで下さい」と頼んできたのでした。
 このピラトの妻は、敬虔な女性で、空虚で外面だけの、けばけばしい偶像礼拝の宗教に飽き足りなくて、一説によるならば、すでにユダヤ教に改宗していたともいわれ、よくできた素晴らしい婦人でした。このような奥さんを持ったピラトは、ほんとうに恵まれた男だったにもかかわらず、不幸なことに妻の忠告を聞き入れることができませんでした。

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 彼は、昨日もお話しましたので、重複するようですが、なんとかしてイエスをゆるそうと努めていて、ふと、妙案が浮かんだのでした。
 「そうだ、バラバを連れてきてイエスと一緒に並べ、どちらをゆるすか、彼らに選ばせよう」
 折角の思いつきだったのですが、残念ながら、彼の作戦は失敗でした。さてどうしたものか、と考え込んでいる間に、外では祭司たちが八方手を尽くして、自分の手下をぞくぞく集めており、群衆の数は急激に増えていました。狩り出された家の子郎党とそのまた手下たちは、民衆の間を駆けまわって「『イエスを十字架につけろ、バラバを許せ』と叫んでくれー」と盛んに煽動しています。
 ピラトは、耳を聾するばかりの彼らのシュプレヒコールに、いよいよ気が滅入ってしまいました。
 「イエスを十字架につけろー、イエスを十字架につけろー」
 「バラバをゆるせ、バラバをゆるせ、バラバをゆるせ」
 いつまでも続くこのコーラスは、ピラトの神経をまいらせました。
 「それじゃあ、バラバをゆるすとして、キリストと名乗るイエスのことは、一体どうすればよいのかね。諸君」
 実にくだらない質問をピラトはしたものです。
 「私はこの人に罪を認められない」と再三いっていたのですから、彼は自分の考えで、自分の良心に従って行動すればよかったのです。総督ピラトの権限をもってイエスを釈放すべきだったのです。しかし彼は、良心の声に聞かないで、群衆の声に聞きました。群衆に聞けば「十字架につけよ」という声が返ってくるに決まっているのに。
 「私は彼に、死罪に相当する罪があるとは思わない。そうだ、それならひとつむちを打ってから釈放しよう。そして、できるだけひどい目にあわせて、ボロ屑のように痛めつけて民衆の前に出したら、彼らはきうと満足するだろう。そこでイエスを釈放してやろう」
 彼はそう思って、イエスをむち打ちの刑に渡したのです。それは決して悪意からではなかったにしても、罪が認められない、といっていながら、イエスをむち打ちの刑に引き渡したのです。

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 皆さん、むち打ちの刑といいますのは、十字架の刑とは違いますけれども、この刑だけでも、もの凄く恐ろしい刑罰なのです。
 ユダヤの法律にも、四十に一つ足りないむち打ちの刑罰というのがありましたが、ユダヤ人のそれは、むちに何の細工もしてないので、ひどい刑罰ではあるけれども、ローマのむち打ちの刑よりは軽いものでした。ローマの法律で定められたむちは、太く短く頑丈でしっかり握れる柄がついていまして、その先に何本もの細い皮を編んでつくった、もの凄く丈夫なひもが三本とか五本とかついています。あまり長くなく、せいぜい一メートルくらいのひもで、その先端とところどころに、鉛や青銅や先のとがった骨片が、しっかりと結びつけられているのです。それで力いっぱいにー回たたけば、たちまち皮膚は三カ所か四ヵ所、破れてしまいます。これでいくつかたたかれると、血管はむき出しになり、引き裂かれ、体内の肉や腸さえとび出すこともあるそうです。
 ユダヤの法律では、最大三十九回までで、四十回は命が持たないから危険限界とされており、それで、聖書の中には″四十に一つ足らないむち″という言葉が何遍も出てくるのです。しかし、ローマの法律には数に制限がありません。気がすむまで打ちのめすのです。そういう実に恐ろしい刑罰が、ローマのむち打ちの刑なのです。
 ピラトは、罪が認められないといっていながら、イエスをむち打たせるため、兵卒どもに引き渡したのでした。ヨハネによる福音書の19章1節には、
 <そこでピラトは、イエスを捕え、むちで打たせた>
 と書いてあります。この短い言葉の中に、どんなに、恐ろしい内容がつめこまれているか。私は、D・L・ムーディという有名なアメリカの説教者の言葉を思い出します。
 「むち打ちがどんなに恐ろしいものであったか、私は知らなかった。だがあるとき、ローマの法律の勉強をしていて、むち打ちの刑がどんなに残忍なものであるか、ということを読んだとき、私はその場に打ち倒れてしまった」と。
 宮廷の中庭に、二メートルくらいの偶像が建っています。いかにも憎たらしげな怖い顔をした像です。その像に罪人の手を引っ張ってしっかりと抱かせるのです。そうすると、それは拷問台です。罪人の背中の皮がぴんぴんに張りますから、そうしておいて、二人の兵士が右と左から力まかせに、その恐ろしいむちを振って罪人の裸の背中を打つのです。

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 もし刑吏がサボるか、力を入れないで打つと、今度はその刑吏がむちで打たれるということで、実にひどいやり方をしたそうです。ですから、その細い恐ろしい鉄片のために、ただむちで、皮が破れ血が噴き出します。
 それを数に制限なく滅多打ちにするというのですから、ローマの法律というのは、そしてそれを考え出したローマ人というのは、実に残忍な民族だったのです。
 今、私たちは、旧約聖書を読んでいますが、イスラエルの刑罰は、それにくらべてまだまだ寛大なものです。ローマ人というのは、血に飢えた残忍さを持っています。生きながら犯罪人の指を折ったり、鼻をそいだり、顔をむしったり、皮をはいだりします。あるいは低温からだんだん釜ゆでにしたり、耳の穴に煮えたぎる油を流しこんだり、とにかく、冷酷無残なことをするのですね。
 考え得る限りの最も恐ろしい刑罰は、十字架でした。しかも十字架にかけられる罪人は、その前に、あらん限りの嘲笑と罵倒と、むち打ちを受けるのでした。三十も四十もむち打たれた背中は、皮膚が無くなってしまって、全部むき出しにされた肉の塊がぶるんぶるんと震えている状態になってしまうのです。
 それが<むちを打つために兵士たちに渡した>という言葉の背後にある意味です。
 聖書は、あまり残酷なことは書いていないのですが、そのようにしてイエスはむち打たれたのでございます。そして、
 <兵卒たちは、いばらで冠をあんで、イエスの頭にかぶらせ、紫の上着を着せ、それから、その前に進み出て「ユダヤ人の王、ばんざい」と言った>(ヨハネ19・2〜3)と書いてあります。他の福音書には<「ユダヤ人の王、ばんざい」といって敬礼しはじめた。また、葦の棒でその頭をたたき、つばきをかけ、ひざまずいて拝んだりした>(マルコ15・18〜19)とあります。
 心ない下級の兵士たちにとっての一番の楽しみは、犯罪人をいたぶることです。これはどこの国でもそうです。彼らにとって、流血はもう慣れっこです。自分たちも、へまをすればすぐむち打たれるのです。そんな時代にあっては、一番の楽しみは弱い者をいじめることです。
 ローマでは、皆さんご存知ですけれど、コロシアム(円形球場)というのがあって、祭りの日には、奴隷たちをライオンと戦わせたり、あるいは奴隷同志を死ぬまで戦わせたりして、それを見物するのです。ほんとうにいやらしいことですけれども、カイザルは民衆たちの慰めにそのようなものをつくったのです。そして、そういう血なまぐさい光景を見ながら、ローマの貴族たちは、酒を飲んで女と戯れ、殺し合って人が死んで行く姿を楽しんで見ていたのです。

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 このような趣味を持つローマ人です。大祭司の僕たちの間には、まだイエスに対する何がしかの遠慮がありましたが、彼らローマの兵士たちは、全く、なんの遠慮もためらいもなしに、イエスをののしり、打ちたたくことに興味と喜びを感じていたのでした。
 恐ろしいむち打ちの刑が終り、縛られた手をほどくと、たちまちボロ屑のようにくずおれるイエスを引き起こし、傍らの粗末な椅子に座らせて「王様がこれじゃあ、あまりに惨めだから、どっかに何かないかなあ」と探し出してきた、古い汚い紫の衣をその背中に着せ「王様に冠がないとは不似合だ」といって、いばらの木を剣で切り取ってきて、とげに刺されぬよう恐る恐る二、三人ががりで編み上げ、その冠を無雑作に、そして力まかせにイエスの頭にかぶせたのでございます。
 鋭いとげはみ頭に突き刺さり、鮮血が、やつれられたイエスのみ顔にいく筋もいく筋も流れました。
 彼らは、それでもまだ足りず「王様は笏がなければおかしい」と、転がっていた葦の棒を持たせて、うやうやしくイエスの前にひざまずき「ユダヤ人の王、ばんざい」と一人がおどけてみせると、兵士たちはわあっと沸き返り、大喜びではやしたてました。そうかと思えば、今度はその葦の棒を取り上げてイエスの頭をただきながら「ユダヤ人の王、安かれ、ばんざい」と嘲笑したと聖書は書き記しています。
 私たちが今読んでいる、十字架にかかられる前のイエスの姿だけでも、なんとも耐えきれないほど、むごい刑罰を受けられたことが充分にわかります。
 なぜ、ローマの兵隊たちは、これほどまでにイエスをいたぶる必要があったのでしょう。
 それはローマ人のユダヤ人蔑視の表われです。イエスに対して「ユダヤ人の王」という捨て札を書いたのも、ピラトのユダヤ人に対する軽蔑の深さを思わせます。
 それでも、イエスはただひとことも何もいわれませんでした。ほんとうにうめき声さえ上げられなかったのです。
 どうしてそのようなことが、できるのでしょうか。
 それは、イエスがあのゲッセマネの園で、父なる神の前に血の汗をしたたらせて祈られ、
 ついに、
 「これが父のみこころなら、私はこの苦き杯を飲み干そう」
 と堅い決心をされた、その苦き杯の内容の一つであるからです。むち打たれることも、いばらの冠をかぶせられることも、嘲笑されることも、イエスが受けなければならない苦しみの一つであることを、イエスはご存知だからです。

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 そして、イエスが十字架につけられるときには、極悪人として、この世で最も残酷で最も屈辱的な死をとげる必要があったのです。そうでなければ、イエスは罪深い者を救うことはできないのです。
 イザヤ書の53章をご覧下さい。

 「だれがわれわれの聞いたことを信じ得たか。
  主の腕は、だれにあらわれたか。
  彼は主の前に若木のように、
  かわいた土から出る根のように育った。
  彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、
  われわれの慕うべき美しさもない。
  彼は侮られて人に捨てられ、
  悲しみの人で、病を知っていた。
  また顔をおおって忌みきらわれる者のように、
  彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。
  まことに彼はわれわれの病を負い、
  われわれの悲しみをになった。
  しかるに、われわれは思った。
  彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。
  しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、
  われわれの不義のために砕かれたのだ。
  彼はみずから懲らしめをうけて、われわれに平安を与え、
  その打たれた傷によって、
  われわれはいやされたのだ」(イザヤ書53・1〜5)
      
 従って、イエスのいばらの冠には、深い深い意味があるのです。
 ゲッセマネの園において祈られ、
 「しかし、私の思いではなく、みこころのままになさって下さい」
 と、自分の心のままにしか生きることのできない人間を救うために、ご自身を神のみこころにゆだねられるとき、したたる血の汗が必要でした。

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 また「我らは彼の打たれた傷によっていやされ」とあるように、むち打たれて流れ出る血潮は、私たちを罪と病から贖うものであります。
 そして、いばらの冠は何を意味するでしょうか。鋭いトゲを持ついばらの冠によってイエスのみ顔をほとばしる鮮血は、これこそ、あらゆる呪いから私たちを贖い出すための血です。いばらは呪いの象徴です。創世記の3章にそのことは記されていますが、キリストは、あらゆる呪いから私たちを解放されるのです。         ヽ
 愛する皆さん、もはや私たちは、なんの呪いも受けることがなくなったのです。先祖の崇りもありません。血の呪いもありません。もう、家柄も血統も人を卑しめることはできません。どんな犯罪人の家庭に生まれようと、どんな呪われた恐ろしい血筋を引こうと、あの犬神家の血統もですね、イエスは贖われるのです。彼の血潮だけが、私たちをそのような苦しみから救い出して下さるのです。
 <イエス・キリストは、あらゆる罪の呪いから私たちを贖い出された>と、パウロは宣言しています。
 人間は、家柄や血統によって救われるのではありません。人の心がけや、行ないによって救われるのではありません。ただ、私たちを罪の呪いから贖い出すために死んで下さったイエスを、神の子と信じる信仰によってだけ救われるのです。
 人がキリストにあるならば、古きはすでに過ぎ去り、見よ、全く新しくなる、とイエスはいわれました。
 私は、だからほんとうに思うのですが、そのような、血統だとか、血筋だとか、先祖の崇りだとか、呪われているとか、あるいは又、精神病だとか、悪い病気だとか、てんかんを持っているとか、そのようなものの無い人は、一人もいないと思うのです。何一つ罪の遺伝を、病気の遺伝を、悪い因子を、持っていない人なんて、いやしないのです。天皇家だってそうですよ。大正天皇は精神的にちょっとお弱かったのですね。
 だから皆さん。何も恐れることはないのです。キリストの血潮は、すべての呪いから私たちを贖い出すことができるのです。そのためにこそ、彼はいばらの冠をかぶられたのです。
 では、十字架の上で流された血潮はなんでしょうか。これこそ、私たちの命を死から贖い出すものであります。

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 こうして、イエス・キリストの流された血潮によって、私たちの罪と呪いと死は征服され、神との和解がもたらされたのであります。
 私たちの世界は、多くの罪の結果、さまざまな問題を持っています。たとえば沢山の不幸があります。仲違いがあります。妬みがあります。憎しみがあります。不和があります。愛し合わなければならない者ほど、憎しみは濃いものです。夫が妻を愛せない、妻が夫を敬えない家庭の不和があります。或いは浮気があり姦淫があります。子供たちが病気をしたり非行に走ったりします。心配があり、悩みがあり、苦痛があり、恐怖があり、憎悪があり、さい疑があり、それこそ、さっきの遺伝があり、恐ろしい病気があり、最後は、その病気で死ぬのです。
 さまざまの背信行為や犯罪や、貧乏、差別、数え上げたらきりがありません。人間はほんとうに呪われていると思います。ある人たちのいうように決して人間は呪われていないんじゃない。呪われているのです。けれども、私たちが、私たちの身代わりとなって呪われて下さったイエス・キリストを、この心に受け人れることができるならば、私たちはすべての呪いから贖い出されるのです。
 どうか、今、そのことを確信していただきたい。
 イエスは、私たちに代わって呪われるために、むち打たれなければならず、いばらの冠をかぶらねばならなかったのです。私たちを永遠の死から救い出すために、十字架にかからなければならなかったのです。
 私たちの罪と呪いは、イエスの、あのゲッセマネの園における苦しみに満ちた祈りにおいて、十字架の死の苦しみを前もって味わわれ、血の汗をしたたらせつつそれに打ち勝たれたあの祈りにおいて、苦き杯はすでに飲み干されていたのです。
 ですから、イエスはただのひとことも、うめき声さえ上げずに、この苦しみに耐えられたのです。イエスは全く無抵抗であり、ついに最後まで沈黙を守られたのでした。
 もうこれで、イエスの死刑は確定したのでしょうか。いえ、まだです。
 ヨハネによる福音書の19章をもう一度見ていただくと、
 <するとピラトは、また出て行ってユダヤ人たちに言った、「見よ、わたしはこの人をあなたがたの前に引き出すが、それはこの人になんの罪を見いだせないことを、あなたがたに知ってもらうためである」>(ヨハネ19・4)

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 ピラトは、兵士たちが、イエスをあらん限り、少し痛め過ぎたと思うほど痛めつけているのを見て、彼は官邸の奥から出てきました。ピラトは、イエスがむち打たれるのを見るのはいやでしたから、部屋に人っていましたが、出てきてイエスを見ると、それはもう、二目と見られないほど血みどろになって、背中はざくろのように割れて肉が盛り上っています。
 「ああ、もういい。もういい。もう止めてよろしい。ご苦労であった」
 ピラトは、そういって、イエスを連れて行きました。
群衆に見せる必要があったからです。そして「見よ、この人だ」といったのです。
 <イエスはいばらの冠をかぶり、紫の上着を着たままで外へ出られると、ピラトは彼らに言った、「見よ、この人だ」−元の訳では「この人を見よ」>(ヨハネ書19・5)
 「これが、お前たちが十字架につけたがっているユダヤ人の王という人だ。むちで打たれて、まるで別人のように変り果ててしまったではないか。私はこの人になんの罪も見出仕ないことを知ってもらいたい」
 ピラトはこういいたかったのです。
 散々に痛めつけられ、鉛のようになった体、しかしそのときピラトは、イエスの目の中に、憎しみのーかけらもないのを見たのです。その目に出会ったとき、彼は「この人からはなんの罪も見出せない」と、確信を持っていったのです。彼は、罪なき人をむち打ってしまったことに非常な自責の念を感じました。なんとかイエスをゆるそうと思いました。
 こんなに苦しめられたイエスを人々に見せたら、いくらなんでも彼らは「もうゆるしてやる」というだろう。
 しかし、彼の予想はここでもまた外れてしまいました。祭司長や下役どもは、そのイエスを見るなり「十字架につけよ、十字架につけよ」と狂い叫ぶのでした。
 ピラトが「この人に罪は認められない」といったのは実にこれが四度目です。
 紫の衣を着せられ、いばらの冠をかぶせられ、血みどろで見る影もないイエスを指さして彼らは叫ぶのです。
 <彼には我々の見るべき姿なく、慕うべき美しさもなく、人に侮られて捨てられ、我々も彼を尊ばなかった>という、イザヤ書の予言は見事に成就しているのです。
 皆さん、今ここに、全世界の罪を背負ってイエスは立っておられるのです。「この人を見よ」ラテン語では「エッケ・ホモ」といいます。これはほんとうに有名な言葉です。

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 総督ピラトの名言が二つあるのですが、一つは「真理とは何か」。もう一つはこの「この人を見よ」です。
 ピラトの同情作戦は見事に外れました。民衆たちは、ピラトの優柔不断さを見抜いており、馬鹿にしておりましたから、強引にピラトに迫るなら必ずピラトの方が折れると思って、いよいよ彼を追い込もうとしました。<あなたがたが、この人を引き取って十字架につけるがよい。わたしは、彼にはなんの罪も見いだせない>(ヨハネ19・6)ここでピラトは、なんと、五度目の無罪宣告をイエスのために行っています。しかし次の7節には、
 ユダヤ人たちが、
 「我々の律法によると、どうしてもイエスは死罪に相当するのだ、殺してくれ」
 というので、8節には、ピラトはこれを聞いてますます恐れた、と書いてあります。それで、もう一度、イエスを官邸に引きずって行き、
 「あなたはもともと、どこからきたのか、一体誰なのか」
 と聞いています。彼はさっきはユダヤ人の王だといっていたが、今度は神の子だと名乗っている。自分を神の子だといってはばからぬこの男は、そもそも何者なのだろう。一体どこからきたのか。ピラトは不安になったのです。神の子だという者をこんな目に遭わせてもいいのだろうか。
 しかし、イエスは何も答えませんでした。                    「なぜ答えないのか。私にはあなたをゆるす権威があることを知らないのか。反対に、あなたを十字架にかける権威もあるのだよ」
 ピラトは、なんとかしてイエスから色よい返事を得て、イエスを助けたいと思ったのです。ところがイエスはいいました。
 「神だけが権威の源なのだから、神からきた権威でなければ、私に対してあなたにはなんの権威もないのです。だから、私をあなたに引き渡した者の罪は、もっと大きいのです」
 愛する皆さん。十字架につくことを決意されたイエス・キリストのこの毅然たる態度は、ほんとうに驚くほかありませんね。しかも、私にはイエスがピラトを憐んでおられるように聞こえるのです。
 「ピラトよ、あなたの罪もあるが、あなたに私を引き渡した者の罪の方が、もっと大きいのですよ」
 と。

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 「ほんとうの権威は、神から賜った私にあるのです。ほんとうに罪をゆるす権威と、永遣のみ国において人を裁く権威とは、私にあるのです。だからその権威によれば、あなたも裁かれる者なのです」                               一
 これを聞いてピラトは、ますます恐れました。それでなんとかイエスをゆるそうと決心するのです。しかし、そう決心はしたものの、そのあとを読んでみますと、
 <しかしユダヤ人たちが叫んで言った、「もしこの人を許したなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王とするものはすべて、カイザルにそむく者です」>(ヨハネ19・12)
 ついに、最後の切り札が出されました。これが大祭司たちの奥の手です。
 ″カイザルの味方″というのは″アミークス・カエサス″といって、立派な尊称なのです。日本でいえば″勅任官″のような、英語では″サー″というのと同じ称号なのです。総督として遣わされてくる人は大概は″アミークス・カエサス″すなわち、″カイザルの味方″です。これはもう、官吏や役人や軍人としては、最高の名誉の一つです。
 「あなたがもし、イエスを許そうとするならば、あなたはカイザルの味方ではありません」
 ピラトにとってこの言葉は、まさに彼の泣き所を突いているのです。地方に遣わされている総督たちにとって一番恐ろしいことは、その土地の者が、カイザルとか皇帝にむかって密告することです。これは暴動の起きる恐れがありますから、密告された者はただちに左遷されるか失脚します。特に、そのときの皇帝はテベリウスという人ですが、この皇帝はとりわけさい疑心の強い男で、ピラトは彼を非常に恐れていました。
 「私たちにはカイザル以外に王はないのに、ユダヤの王と自認する者をゆるしてもいいのですか」
 これは彼にとって、とどめの一撃でありました。彼はこの言葉を聞いた途端、へなへなとくずおれてしまったのです。
 ほんとうは、彼は正しいことをしたいと望んだのでしたが、皇帝の怒りは神の怒りより彼には恐ろしいことでした。自分の身分や地位まで危うくしてこの男に同情することはできない。しかも、この民衆は暴動を起しかねない雲行きです。彼はさっきの決心など、どこへやら、さてどうしたのかといいますと、13節を見て下さい。
 <ピラトはこれらの言葉を聞いて、イエスを外へ引き出して行き、敷石(ヘブル語ではガバタ)という場所で裁判の席についた>
 こう書いてあります。

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 イエスの受難史の中には、三つのGがあります。いうまでもありませんが、一番目はゲッセマネであり、二番目はガバタで、三番目にはゴルゴダです。          ピラトが、その敷石(ガバタ)と呼ばれる場所にイエスを連れて行ったということは、いよいよ判決を下すということです。彼は裁判長の席につきました。
 ここでヨハネは
 <その日は過越の準備の日であって、時は昼の十二時ころであった>(ヨハネ19・14)
 と記していますが、マルコは朝の九時と書いています。イエスが捕えられたのは朝の三時半ごろであり、祭司長たちが非常にことを急いだ態度や、状況の経過から推しはかって、朝の九時の方が正しい、と判断されています。
 ピラトは裁判の席でいいました。
 「見よ、これがあなたがたの王だ」
 「殺せ、殺せ、十字架につけろ」
 「あなた方の王を、私が十字架につけるのか」
 「私たちには、カイザル以外に王はありません」
 ああ、なんという偽善でしょうか。なんという恐るべき証言でしょうか。彼らはそれまでどれだけカイザルを憎んでいたでしょう。ユダヤ人たちは、とにかく今イエスを殺せるなら、カイザル以外に王はない、などという嘘が平気でいえるのです。
 私は、この受難の歴史を読んでいて、ほんとうに感じるのですが、誰でも皆、イエスの前で二者択一を迫られるときがくるということです。そのことは今までも何遍か話してきましたね。今、民衆たちもそうなのです。カイザルを王だといわなければ、イエスを王と認めることになります。そして、また、ユダヤの王か、あるいは十字架につけるべき死刑囚か、どちらかにしなければなりません。
 「この人を見よ!」といっていながら、ピラトもまたそうでした。イエスの味方か、カイザルの味方か。
 <わたしは見たけれども、助ける者はなく、怪しんだけれども、ささえる者はなかった>(イザヤ63・5)
 預言のとおり、一人としてイエスに味方する者はいなかったのです。「汝の声を惜しむな」と聖書に書いてあります。私たちは正しいことのために自分の声を惜しんではならないのです。

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 有名な『マタイの受難曲』の中に「殺せ、殺せ、十字架につけよ。殺せ、殺せ、十字架につけよ」という大合唱がありますね。私はあれを聞いていると、悲しみに満ちたイエスのお顔がほうふつと浮かんでまいるのです。恨みも憎しみもない、ただただ悲し気なお顔が。そして側にはピラトが端正な顔をして−。ローマ人は、ひげを生やさなかったのです。現代の人のようにいつもきれいに剃って、整った美しい顔かたちをしていました。反対にユダヤ人は、ひげむくじゃらな顔をして、ずるそうな目つきで、舌なめずりをして立っていたのではないでしょうか。
 そういう祭司たちが、一せいに叫びます。
 「カイザル以外に王はない」
 あれほど、ローマを憎み、カイザルを憎んでいた民衆が、いつの間にが、ピラトよりもカイザルに忠誠を誓う、そういう豹変を彼らはしたのです。
 皆さん、私たちは誰を王としているでしょうか。イエスを王としていますか。それとも自分自身が王になっていますか。
 イエスは「誰も二人の主人に兼ね仕えることはできない。神と富に兼ね仕えることはできない」とおっしゃっています。
 さて、ピラトはついに、イエスを民衆の手に渡してしまいました。
 ただし「私は、この罪なき人の血については、なんの責任もないのだぞ」という意味で、召使いに水を持ってこさせて、人々の目の前で手を洗いました。
 「罪なき人の血」については、かつてユダもいいました。「罪なき人の血を売るようなことをしてしまった」と。そのとき、祭司長、長老たちはなんといったでしょう。「そんなこと、我々の知ったことか。自分で勝手に始末しろ」それで彼は絶望して、首をくくって死にました。
 ピラトが「この人の血について、私には責任がない」といったとき、民衆はなんと答えたでしょう。
 <その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい>(マタイ27・25)
 実に恐ろしい言葉で、この場面は終っています。
 ピラトが「お前たちで勝手に始末をするがいい」とユダヤ人たちにいい、ユダヤ人は「その責任が私たちや子孫の上にかかってもいい」といった、このことを思うとき、私は、ほんとうにイスラエルの民を愛していますけれど、現実にイスラエル人は、その恐るべき血の報いを受けているように思うのです。あの第二次世界大戦を含む世界の歴史が、それを物語っています。

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 しかし、皆さん、イエスの血は決して人を呪う血ではないのです。<イエスの血、すべての罪より我らを清む>とあるように、イエスの血は私たちのどんな罪をも清めるものです。
 ピラトは「その血について私には責任がない」といいましたけれども、伝説によれば、ピラト自身も、最後は気が狂ったようになって、いつもその手を洗ってばかりいたということです。
 ピラトは、イエスを十字架につけるために引き渡しました。本当に悲しい話です。そのまま、ピラトは聖書の表舞台から姿を消しましたが、今日に至るまで毎日曜日ごと、世界中の教会で「−ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け−」と信徒たちにより、使徒信条の中で唱えられています。
 ピラトは敗れました。実に荒っぽい裁判で、わずか何十分かのうちに、イエスには罪がない、罪がないと、五遍も裁判官自身が証言しながら、結果としては、もっとも残忍な十字架の刑へと、イエスを引き渡してしまったのです。
 <彼はしいたげられ、苦しめられたけれども、
  口を開かなかった。
  ほふり場にひかれて行く小羊のように、
  また毛を切る者の前に黙っている羊のように、
  口を開かなかった。>(イザヤ53・7)
 今、イエスは、十字架を背負ってゴルゴダの丘へと登って行きます。
 次に、そのことを学びましょう。

第六章(了)
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