献金について(その19)

-愛の献金でいつも満たされてきた-

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■ 献金について(その19) -愛の献金でいつも満たされてきた-

ペテロは万物の終わりが近づいていると言って、だからこの世を捨てて出家しろとか献身しろとか言わないで、むしろお互いを大切にしろと勧めている。

私は自分の教会だから面はゆい感じがして大きな声で言えないが、この教会は本当に皆さんが喜んで奉仕をし、献金もして下さる教会だと思う。

当教会の一つの大きな特長は、個人の献金の金額を発表していないことである。だから誰も、自分以外の人の献金額を知らないと思う。何かのはずみで知ったとしても、せいぜい3~4人程度だろう。会計さんに任せて牧師も知らない。献金額で人を見ないためだ。

もう一つ大事な理由がある。それは今まで何時でも、献金献金と言わなくても、教会は何時でも支えられ、伝道も牧師謝礼も借り入れ金も充分に与えられてきたからである。それは決していい加減なものではなく、多くの人が真剣に、なし得る最善以上に捧げて下さっていたからである。